「浩宮」の特殊な成育環境

 こうした記述からは、昭和天皇の「皇長孫」として生まれ、将来は天皇の地位を継ぐことが宿命づけられていた「浩宮」の成育環境が、一般の家庭の子どもとはまったく異質のものだったことがまざまざと分かる。

 誤答を提出することが「悪」であるはずがないのに、なぜそのような思考に陥るのか。東宮御所での成育環境の特殊性というのは、一つには、常に人に見られ、周囲を大人たちに取り巻かれていること、二つ目に、「帝王学」の名のもとに、一種人間離れした高い道徳心の育成が求められていること、の二つに由来するのだと思う。この「誤答」を巡るエピソードは、後者の「道徳心」にまつわる象徴的な逸話なのだろう。

「間違ってはいけない」「常に正しくなければならない」という価値観は、学校で生まれるわけもないのだから、東宮御所で培われたと考えるべきだろう。東宮御所には侍従や養育係がたくさんいて、いかなる時も帝王らしくいるよう求められているのは、子ども心にも分かるはずだ。

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 だが、いわゆる「帝王学」が、子どもの「誤答」を戒めるような方向に向かうとは思えず、消去法で考えると、「誤答」を許さない気風は家庭の中にこそあったのではないか。家庭というのはすなわち美智子皇太子妃のことである。「浩宮」が子ども時代、学校の試験結果や成績がよくないと、東宮御所の2階からランドセルをさかさまにして中身を投げ捨てることがあったと聞いたことがある。

 少年時代の「浩宮」は母に逆らえず、どうしても頭が上がらなかったという。それは大人になっても変わらない関係性であり、徳仁天皇を「母の前では、蛇に睨まれた蛙のようだ」と評する人を私は複数知っている。

 不思議なことではあるが、こうした「母と天皇」との特殊な関係性は、昭和天皇にもあったことのようである。