母と天皇の特殊な関係性
昭和天皇が、母である貞明皇后を恐れていたことは知られており、前出の『昭和天皇拝謁記』には、そうしたエピソードが頻出する。
戦後、后である香淳皇后が着る服を戦中期の「宮中服」から和服に変更することについて、昭和天皇は「おたゝ様(皇室の言葉で「母」のこと)が御反対故、何ともいひ出しかねる」と話したり、「良宮(ながみや・香淳皇后)は大宮様(貞明皇后)のはっきりした御同意がないと恐ろしくて(服を)作れないらしい」と漏らしたりしている。母の政治的傾向を「時流に阿ねる御性質がある」と批判したりもしている。
このように、時の皇后や皇太后というものは、いつの時代にも息子たちにとっては恐ろしい存在なのかもしれないが、美智子上皇后の人当たりの厳しさは、取材していれば頻繁に耳にすることだ。
それは平成の時代を通じて描かれた「慈愛に満ちた優しいおばあちゃん」の姿とは大きく異なる。
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「今日もまた叱られるのかと思うと、朝行くのが憂鬱だった。叱られない日は心の底からほっとした」
激しい二面性を指摘する関係者も⋯美智子さまの天皇に対する「別の顔」とは? 続きは以下のリンクからお読みいただけます。
