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その後、彼女は⋯
小保方による早稲田大学大学院時代の博士論文に剽窃が確認されると、理研の調査委員会は『ネイチャー』論文の不正を認定。小保方は反論の記者会見を開いたものの、当該の論文は撤回となった。
そして同年8月、笹井教授が自殺。早稲田大学は小保方の学位(博士号)を取り消し、小保方は失意のうちに理研退職を余儀なくされた。
不正を否定する本人と、それを認めなかったアカデミズム。小保方が上梓した手記『あの日』(講談社)も、その内容が再び批判され、状況を覆すまでには至らなかった。
論文の内容が、真正な実験結果に基づくものではなかったとして、それは功名心による作為だったのか、それとも知識不足による不可抗力だったのか、いまも不明な点は残されている。
小保方はその後、研究の世界から離れ2024年(令和6年)、学生時代からの知人だった研究者と結婚したと伝えられる。
