2005年2月8日、ライブドアが市場開場前のわずか28分間で約700億円を投じ、ニッポン放送株を大量取得した。「世紀の買収劇」が始まった瞬間だ。最大の標的となったニッポン放送の社内では何が起きていたのか。蚊帳の外に置かれ、防衛戦の矢面に立たされた亀渕昭信社長(当時)の「極秘日記」が、パニックの裏側を明かす。(『狙われたフジテレビ~ニッポン放送元社長が明かすライブドア買収攻防21年目の真相』より抜粋。全3回の1回目/続きを読む)
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ライブドアの奇襲である時間外取引は2月8日、午前8時22分から僅か28分の間に行われました。ライブドアは2月8日までに約700億円を投じ、株式総数3280万株のニッポン放送株の29・64%を取得。堀江貴文氏=ホリエモンは合計35%の筆頭株主に躍進しました。
長い一日だっただけに、以下に引用する日記の長さもボリュームがあります。とにかく、この慌てぶりはライブドアの強烈な一撃からきたものです。私たちフジサンケイグループが、この手の戦いに慣れていなかったところも大きい。この当時、こういった奇襲取引に関して村上ファンド、ホリエモンは言うに及ばず、オリックスの宮内義彦さんや当時の日銀総裁だった福井俊彦さんは熟知していました。いっぽうの私らフジサンケイグループはグループ会社内で株を持ち合う“護送船団方式”。だから、株の戦いに慣れた人たちに「ぬるい」と言われればその通りの組織でした。そういうスキを狙われたわけです。
以下は攻撃直後の状況を記しています。
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2005年2月8日火曜日 天気:雨
社に戻る途中で、S常務から車に電話。イヤな予感。その通り、堀江社長のライブドアがニッポン放送株35%を買ったという発表があったという。ジャンジャン! である。
フジのTOBも危なくなってきた。堀江社長が会いたいと言っているという。日枝、羽佐間、川内の大先輩たちに連絡を取り、午後3時、堀江社長と会談することにする。お昼から産経新聞取締役会。住田社長の話だと、村上ファンドは売っていない、大和SMBCもフジには鹿内から買った8%を売れなくなったなどの情報が来ているという。

