子どもを弱い存在と見なして、「あなたにはまだ助けが必要だ」と子どもを抱え込むような愚を犯してはなりません。子どもを無力な存在と見るのではなく、自らの人生を切り拓いていく力のある存在と見なし、その力を引き出していくことが大切です。なお、私は子どもへのカウンセリングで「名前呼び」「ちゃん付け」を好みません。子どもを「未熟な存在」と捉えているような気がするからです。目先の距離感を縮めることよりも、自律的な人間同士として関わりたいという思いを示すようにしています。

「本当はカウンセリングに来たくないという気持ちもあった?」という質問が持つ大切な意味

(2)「入口のためらい」を大切にする

 子ども本人の希望でカウンセリングに来ることもありますが、教員や親に「勧められたから」「行きなさいと言われたから」ということも少なくありません。だからこそ、子どもの来談に意志と反する様子が見受けられたら、スクールカウンセラーの方から「本当は来たくないという気持ち“も”あった?」「そういう気持ち“も”あるのが自然だよね」などと尋ねることが大切です(「が」ではなく「も」がポイント)。

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 カウンセリングにおける「入口のためらい」には、子どもの心理的不調に対する構えがにじみ出ることがあります。考えなきゃいけないけど考えたくない、今のままじゃマズいけど向き合うのはイヤだ。そうした心理的不調への構えが、カウンセリングへの「必要かもしれないけど、行きたくない」という「入口のためらい」となるのです。つまり、「入口のためらい」を話し合うことは、間接的に子どもの心理的不調について触れつつ、スクールカウンセラーの支援的な態度を示す良いチャンスでもあるのです。

 また、心理的不調を示す子どもには、否定的な感情を押し殺してきたケースが少なからずあります。だからこそ、カウンセリングの導入時に「本当は来たくないという気持ちもあった?」という質問を通して否定的な感情をやり取りできると、カウンセリングでは「イヤな感情を表現しても良いのだ」という認識を伝えることができます。