世界最北の村・シオラパルクに単独で入り、20代で現地女性と結婚、70代後半を迎えた現在でもその地で暮らす大島育雄氏。『エスキモーになった日本人』(ヤマケイ文庫、1989年刊の同書を復刊)より一部を抜粋して紹介する。(全4回の3回目)
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男女関係もみんなに知られてしまう
さて、取材班が帰ってからも、私はシオラパルクにのこった。当分ここで暮らし、自分の好きなことをとことんやってみようと思っていた。
5月になって、カウンナ、タッチャングア、ママオ、それぞれの家族と、大型の犬橇にボートから狩猟・生活用具一式を積みこんでイータへ行った。夏のあいだ、そこで一緒に猟をするつもりだった。
8月初めのある日、私は小屋の外へラジオを持ちだして、無線連絡を聞いていた。
当時、このチューレ地区の町村間の連絡は、無線で行なわれていた。午前1回、午後1回、電文が読み上げられる。それはどこの家でもラジオで受信できるので、個人向けの連絡もむろん筒抜けである。
「だれそれは淋病であることが判ったから、すぐ病院へくるように。だれそれも疑いがあるから一緒にペニシリンを打つように」
そんなぐあいで、男女関係もみんなに知られてしまう。すぐに話のタネとなり、からかわれるが、あまり気にする人はいない。もともと秘密にしておこうなどと考えてはいないのだ。
