この無線はまた、電文だけでなく、ラジオ局の担当者がこの地区のさまざまな情報を送ってくれた。「だれそれが病気だから、親族の人は行ってやったほうがいい」とか、「きのう○×村で鯨がたくさん獲れた」とか、そうした情報はとても役に立った。
自分の“結婚話”が飛び込んできた
あるとき、やじ馬気分でラジオを聴いていた私の耳に、たいへんな情報がとびこんできた。
長老イニューツァッソワが、カナックの教会の牧師に、8月某日に結婚式をしたいからシオラパルクへ来てほしいと要請している。そしてそのカップルは誰あろう、私とアンナ・マノミーナなのであった。
人は驚くと、やはり仰天してしまうものらしい。見上げる空の紺碧の中に、チラチラと光のようなものが踊っていた。
「イクオ、シオラパルクへ帰って、式を挙げてしまえ」
アンナは父親のアッオッタと二人っきりで、コンミューン(自治区)所有の家に住んでいた。しょっちゅうカウンナの家へ来ては、遊んだり仕事を手伝ったりしていた。また、どちらかの家で肉を煮たりすれば、互いによび合って行き来していたから、私も自然にこの父娘と親しくなった。アッオッタには民具収集で欠かせない狩猟道具をいくつか作ってもらったこともある。日本へ帰るとき、もう一度シオラパルクへ来ることができたら、この父娘といっしょに暮らしてもいいなと、漠然とではあるが考えていた。そして、イータへ出かける前には、実際にそんな形になっていたのだった。
「イクオ、シオラパルクへ帰って、式を挙げてしまえ」
カウンナがすすめる。ニビッカングアが相槌をうつ。もはや、ためらいはなかった。私は、このなりゆきに身をまかせることにした。