世界最北の村・シオラパルクに単独で入り、現地女性と結婚、70代後半を迎えた現在でもその地で暮らす大島育雄氏。『エスキモーになった日本人』(ヤマケイ文庫、1989年刊の同書を復刊)より一部を抜粋して紹介する。(全4回の4回目)

大島育雄氏。「長男・海(ヒロシ)にも生活の仕方だけは教える」(撮影:和泉雅子)

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シオラパルクの教会で結婚式をあげた

 式の準備はあわただしかった。アンナも私も着たきりスズメにちかく、晴れ着などもっていない。借りられるものは借り、作れるものは大急ぎで作った。アンナは私のために超特急で新しいカミックを縫ってくれた。幸い私は白クマのズボン(ナノ)だけは、新しいのをもっていた。しかも、エルズミア島から帰るときに、カウンナたちと一緒に獲った白クマの毛皮でこしらえたものだ。白クマのズボンは、男の礼装としても立派に通用するのである。

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 1974年8月15日、私とアンナ・トンゲ・ニビッカングア・マノミーナは、シオラパルクの教会で結婚式をあげた。村中の人が集まってくれた。カウンナたちもイータからボートを連ねて駆けつけてくれた。アンナはきれいな色模様のシャツ(アンノガー)にホットパンツ(ナノ)、アンナドゥと呼ばれる股までとどく長さの純白のカミック。私は白のヤッケ(アンノガー)に白クマのズボン(ナノ)、純白のカミックと、白ずくめ。二人ともいちおう伝統的な正装である。アンナは22歳、私は27歳だった。