「もうやるしかないと思いました」母親から徹夜で叱責、罵倒され…
──凶器を準備した次の日、平成30年の1月18日、あなたは京都の助産学校を不合格になりましたね。助産学校の不合格を知ったお母さんからどういう態度をとられましたか。
「裏切り者とか、やっぱり噓つきとか、どうするんやみたいな感じのことを、徹夜で𠮟責、罵倒されました」
──もう断続的に、ずうっとっていう感じやったんかな。
「そうですね、徹夜ですね、はい」
──お母さんからはそういう風に言われて、あなたはどういう気持ちになりましたか。
「ああ、もうやるしかないと思いました」
──もうやるしかないなって決意したのは、だいたいそれぐらいか。
「それぐらいですね、はい」
──じゃ、もういっぺん確認やで。間違いなくお母さんを殺そうって決めたんはいつ。
「助産学校を落ちて、徹夜で罵倒されつづけて、ああ、もう無理やなって思いました」
──助産学校に合格したらいちおう助産学校には行くつもりでおったん。
「はい」
──あなたは病院に就職できひんということよりも、お母さんの見てるそばで、また助産学校の受験勉強を続けるのは嫌やったって、そういうことなんか。
「そうですね。看護学科に入る前に9年間浪人生活を続けてたので、もう、ちょっと若くないから、しんどいなっていう。心がもう無理やなって思いました」
──大学の医学部医学科に行くためにずっと浪人してた、あのときの生活をするのはもう嫌と。
「そうですね」
──お母さんに見張られながら、ということか。
「そうですね、はい」
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