伊藤蘭、初対面だった水谷豊の印象は…

 初対面の水谷に、伊藤はどんな印象を持ったのだろうか。

「蘭さんが後に話してくれたのですが、僕が家出から帰って来た19歳のとき、再出発になった『火曜日の女』シリーズのドラマ『あの子が死んだ朝』の放送を、お母さんと一緒に『怖い、怖い』と言いながら観ていたそうです。スタジオで表紙撮影しているときには『あの怖いドラマに出ていた人だ』と思ったとか。撮影中は、蘭さんとひと言も会話をしてないのですから、僕に対して特に印象はなかったと思います」

 伊藤本人の記憶は少し違っている。

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伊藤蘭 ©︎文藝春秋

〈主人との出会いにしても、実はキャンディーズ時代に雑誌の表紙の撮影で会ったのが初対面なんです。でも主人が言うには、これはキャンディーズと話せるチャンスだと思って、“忙しいんですか?”と話しかけたら、“はい”で終わってしまって、なぁーんだって感じだったみたいですよ〉(『My Fortiesマイフォーティーズ』2004年2月号)

 彼に素っ気なく思える返事をしたのには理由がある。

〈あのころは、人とどんなふうにコミュニケーションをとればいいのかということも身につかないうちに、仕事の渦のなかに放り込まれて歌ったり踊ったりしていましたから、周囲の方たちとの関係を育むということがうまくできなかったんです。だから主人とも、一瞬すれ違った人、という感覚でしたね〉(同)

「カッコいいね、キャンディーズ」水谷豊から見た解散コンサート

 大好きだったキャンディーズが解散したのは1978年4月4日。水谷が『熱中時代』教師編を撮影しているときだった。後楽園球場で行われたファイナルコンサートは、5万5000人もの観客を集め、約4時間にわたって開催された。

 前年夏の日比谷野外音楽堂コンサートで「私たち、みなさんに謝らなければならないことがあります」と解散を宣言したとき、伊藤蘭が泣きながら「普通の女の子に戻りたい!」と叫んだ言葉は、同年の流行語になっている。

〈あの言葉だけがひとり歩きをしたというところはありましたけど、でも、あのときは言葉どおりの気持ちだったんだと、今ふり返ってみても思います。本当に歌って踊るだけの繰り返しでしたから、どこまでこの状態が続くのだろう。どんな状態でピリオドが打たれるの?という不安がありましたね。きちんと区切りをつけて次のステップに向かいたかった。自分の世界を持ちたかったんです〉(同)

 当時の水谷には伊藤の気持ちは想像できなかった。華やかな印象の方が強い。

「同じ芸能界でも、歌謡界というのは、きらびやかな世界だと思っていたんですね。僕らは毎日、工事現場みたいなところで撮影していたし。だから、あの解散式は本当にカッコよかった。俳優が引退したって、あんな騒ぎにはならないでしょ。撮影所でもみんな『カッコいいね、キャンディーズ』って話してましたね。蘭さんとは、表紙の撮影以降、日本テレビのドラマで共演するまで会っていませんでした」