水谷豊が離婚してスタートした交際

 約2年半の交際を経て、水谷が伊藤との結婚を決めたのは、88年11月。この間、マスコミが2人の親密さを書き立て、すでに同棲しているという記事まで出回った。

〈主人とは『あんちゃん』という連続ドラマの兄妹役で共演したのですけど、最初の印象は、いい人だなぁ、すごい役者さんだなぁって。ただ、当時の彼は結婚したばかりでしたので恋愛の対象にはならなかったですね。私、家庭のある人っていうのは絶対にイヤなんです。よくあるドロドロした騒動がダメで(中略)。だから、あくまでもいい共演者、いいお友達で終わったかもしれないんですけど、たまたまむこうが離婚しましたので……〉(同)

 水谷が離婚したあとで、交際が始まり、2人の仲は公然のものとなった。ある日、彼がなにげなく口にしたプロポーズの言葉は、「一緒に住まないか」だった。

「彼女から『それは同棲ってことですか』と聞き返されて(笑)。いやそうじゃないと答えたけど、結婚を申し込むときって、綿密な計画のもとにここで言おうとか、そういうことじゃないんですね。口に出した瞬間に現実になるわけです。口に出すまでは、何を考えていても現実じゃないんですよ。本当にコンマ何秒のこと。別れるときも同じで、口に出したところで現実になる。言わなきゃ終わらないし、始まらない」 

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 一方の伊藤は、プロポーズを受けるまで結婚願望はなかったという。

〈結婚式にもウェディングドレスにもあこがれがなかったんです。というのも、うちの両親がそんなに順調な夫婦生活を送っているという感じではなかったものですから、母には“急いで結婚することはないのよ”(中略)と言われたくらい〉

「前の結婚式と同じ服は着ないで」と言われて

 今回の挙式場所も、最初の結婚と同じくハワイだった。

「結婚を承諾してくれたとき、蘭さんに、『前(の結婚式)と同じ服は着ないでください』と言われました。僕がやりそうだって(笑)」

 伊藤の希望通り、最初の結婚で着たタキシードの色は白だったが、今回は淡いグレーに変えて式に臨んだ。出席者も少人数で、両家の家族の他はごく限られた友人たちだけだった。また、式場はマスコミの取材を避けるために、公になっていた場所から高校の中にある教会へと変更していた。

「当時、彼女は僕を豊さん、僕は彼女を“蘭ちゃんさん”と呼んでいました。今は蘭さんですね。おい、とか“ランちゃん”とか呼び捨てとかにはできません(笑)」

 2人は89年1月21日に入籍。同年10月には、新婚旅行を兼ねてニューヨークへ行く計画を立てていた。2週間の予定である。

水谷豊 ©︎文藝春秋

 だが、挙式の前年から、彼の身体に思わぬ異変が起きていた。のちにマスコミが〈水谷豊の深刻通院姿を目撃〉と書き立てた出来事である。

「これは一生言わないでおこうかと思っていたけれど、この齢になったから、もう話してもいいかな」

次の記事に続く 36歳で再婚→38歳で父親に…「蘭さんに声もかけられなかった」水谷豊が明かす、愛娘・趣里の名前に込めた意味

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