「どうしてあんな根も葉もない嘘を書くんだろう」――水谷豊が、珍しく怒りを露わにした。娘・趣里のヌードシーンをめぐり、一部週刊誌が書き立てた“激怒報道”の真相である。
真実はその正反対。「若いときにしかできないから」と背中を押したのは、父・水谷自身だった。『水谷豊 自伝』(新潮社)より、娘・趣里との関係性をめぐる誤報と、父親としての本音を明かす。(全4回の4回目)
◆◆◆
「背中を押したのに、激怒したことになっている」
時は遡るが、水谷の監督作品の一作目、『TAP THE LAST SHOW』が公開された1年半後、ある映画が封切られた。タイトルは『生きてるだけで、愛。』(関根光才監督 18年)。菅田将暉と、水谷の娘の趣里がダブル主演した作品である。
この映画で趣里は、躁鬱病に悩み、エキセントリックな言動を繰り返す女性を演じた。ラスト近くでは衣服を脱ぎ棄てながら、商店街を走るシーンがある。その演技力が高く評価され、彼女は高崎映画祭最優秀主演女優賞、おおさかシネマフェスティバル主演女優賞、日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。当時28歳だった。
「どうしてあんな根も葉もない嘘を書くんだろう」
水谷が怒っているのは、ある週刊誌が〈娘の趣里が映画で裸になったことを知らされていなかった水谷が、激怒している〉と書き立てたことである。記事によれば〈女優が裸になったら、これからの役が限られてくる〉というのが、怒りの所以だという。
「娘が中学を卒業してから、叱ったことはないです。叱る理由がない。それに、娘からあの映画について相談されたときに、僕は、若いときにしかできないから、と言って出演を勧めたんですよ。背中を押したのに、激怒したことになっている」
「裸のシーンがあったからといって…」水谷豊が語る真相
趣里から相談を受けたとき、水谷は自分が『青春の殺人者』に出演したときのことを例に出して話したという。
「『青春の殺人者』では、結構裸のシーンが多くて、股間にボカシを入れられたりしているんです。僕が24歳くらいのときかな。素晴らしい作品だったので、演ってよかったと思っているし、『生きてるだけで、愛。』の企画にも同じ匂いを感じたから、娘に、これは演った方がいいと勧めた。裸のシーンがあったからといって、娘を叱るはずはない。それに、あの映画は僕も試写会で見せてもらって、いい作品だな、と感動したくらいなんですよ」

