ドラマ『相棒』での共演中、水谷豊と及川光博の“不仲説”は繰り返し報じられた。しかし2人の関係は、噂とは正反対だったと水谷は語る。

「芝居は、仲が悪くなるとできない」と断言する水谷が初めて明かす、及川との知られざる3年間。『水谷豊 自伝』(新潮社)より抜粋して紹介する。(全4回の3回目)

水谷豊 ©︎文藝春秋

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不仲説が囁かれた「2代目相棒」卒業の“真相”

 シーズン7の最終話から登場して3年、神戸尊は右京の相棒となり、数々の事件を解決に導いてきた。『相棒』ファンは亀山薫ロスから立ち直り、尊の活躍を見守ってきたものの、シーズン10を最後に、尊の卒業が発表された。

 亀山薫が右京の相棒だった期間はプレシーズンを含めて8年半、神戸尊は3年、と半分以下の時間だったため、無責任な憶測が流れた。主役の水谷との不仲説である。

「光ちゃんがね、『なんで僕たち、いつもこんなに仲が悪いふうに書かれるんですか』とよく言ってましたよ。『こんなに仲がいいのに、どうして』って。『2人の仲がいいことはドラマを観ていれば分かるよ』と答えたけど、なんだろう、あれは。人が不幸な方が楽しいのかな。光ちゃんとも、これ以上仲良くしなくてもいいでしょ、っていうくらい仲が良かったのにね」

 及川が3年で卒業したのは、スタート時から既定のことだった。

「光ちゃんは、歌手でもあるからコンサートのツアースケジュールが大変なんですよ。それのスケジュールを削ったり、調整してこっちに来てくれるんです。『相棒』のためにツアーを犠牲にするのも限界があるだろうし、こちらも出てもらっているという気持ちがあるので、3年くらいシーズンを頑張ってもらえたら充分だと思っていた。実際によく頑張ってくれました」

「芝居はね、仲が悪くなるとできないんですよ」

 共演者との不仲はありえないことだった。それは及川に限った話ではない。

「芝居はね、仲が悪くなるとできないんですよ。現場の空気が濁っていれば、観ている人に分かります。そもそも、僕は役者同士の仲が悪くなるという現象が理解できない。芝居をしているときは、みんなで一つのことに向かっているという意識があるから、連帯感のようなものが生まれるんです。みんな同じ台本を持って、ああしたらいいか、こうしたらどうだろうとアイデアを出したりして創り上げていく」