投手陣は春先に岩崎とゲラの“ダブル守護神”の構想を示し、勝ちパターン構築に苦心しつつも、桐敷拓馬・石井大智・ゲラで試合終盤を厚くする形に収斂。桐敷は70登板・防御率1点台、岩崎は60登板でセーブを積み上げ、ゲラもセーブとホールドを兼務してブルペンの屋台骨を支えた。

 また、バッテリー運用も興味深い。梅野隆太郎と坂本を相手投手・自軍先発との相性で併用。配球の色やブロッキングの強みを試合ごとに取り分け、最大値を引き出そうとしたことが出場内訳にも表れている。

 ポストシーズンはCSの1stステージでDeNAに連敗して敗退。岡田はこの年限りで退任し、その後はオーナー付顧問に就いた。レギュラーシーズンで積み上げた“守りの完成度”は屈指だが、短期決戦の脆さという課題は残ったままだ。

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藤川政権へ引き継がれた遺産

 そして25年は藤川球児新監督の下、阪神は2年ぶりにリーグを制覇した。これは、岡田が残した遺産による部分も大きい。時間をかけて育ててきた選手たち、岡田政権から徹底された「出塁→進塁→還塁」という再現性の高い型、大振りに依存せず、相手の継投や隙を突く戦い方を見せた。

藤川球児 ©文藝春秋

 中でも象徴的だったのが佐藤の覚醒である。矢野政権下で我慢強く主軸に据えられ、岡田の下で打撃・守備・メンタルを徹底的に鍛え直された末に、ついに完成形に近づいた。25年は打率.277、40本塁打、102打点を記録し、OPS.924はリーグトップ。失策数も24年の23からわずか6に激減し、守備での安定が打撃にも好循環をもたらし、MVPに輝いた。

 他の主力も育成の成果を示した。近本は安定して攻撃の口火を切り、昨季不振だった中野も復調。岡田が中軸の一角として育てた森下は存在感を示し、大山も四球と打点を両立し、打線を“線”としてつなげた。打低環境下で.270~.280台の打率や2桁本塁打、60~70打点級の選手が複数いること自体が、層の厚みを証明している。23、24年に85を数えた失策は、56へと大幅減少した。

 そして投手陣に目をやると、才木浩人と村上頌樹のエース級に加えてデュプランティエ、伊藤将司、大竹耕太郎らもゲームメイク能力を発揮し、厚みあるローテーションを形成した。リリーフ陣は異次元の安定感を誇り、石井大智が歴史的な活躍を見せ、防御率は脅威の0.17。及川雅貴は防御率0.87。守護神の岩崎優も安定感を見せた。被本塁打53、与四球13と「失点リスクの二大源泉」を抑えることができたのは、投手出身の藤川球児がリリーフ専任コーチとして関わったことも一因だろう。

 まさに、岡田が育て上げた成果をうまく刈り取った形であり、育成と采配の継承によってチーム力の完成度を高めたシーズンだったといえる。

次の記事に続く 「監督の責任なので申し訳ない気持ちでいっぱいです」歯車が狂った局面では判断が半歩遅い…広島東洋カープが体感した“采配”における“2つの課題”