「人生が180度変わった」

 父親がトルコに帰され、家族は途方に暮れた。

 ディヤルはサッカーが得意で、地元のクラブチームに所属し、ゴールを決めるセンターフォワードを任されるエースだった。高校を卒業したらプロサッカー選手になることを志望していた。

 夢は確実に近づいていた。ある高校からはサッカーで推薦入学してほしいというオファーも受けていた。しかし、その高校はそれほど強いチームではないため辞退し、県立のサッカー強豪校を受験して入ろうと考えていたところだった。文武両道のその学校は受験のレベルも高いため、学習塾にも通って猛勉強していた。

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 妹のベルフィンも、税理士を目指して勉強していた。幼少のころから日本で暮らし、トルコ語もほとんど話せない子どもたち。「日本を自分の国と思い、将来も日本で暮らすと思ってきた」(ディヤル)

 だが、一家の大黒柱だった父親が帰されたことで、家族がばらばらになったまま日本で生活を続けられるのか、急速に暗雲が垂れこめた。トルコでは言葉も分からないし、勉強の中身も違うので一からのやり直しを迫られ、大きなハンディキャップを負わなければならない。

 その時には母親は「経営・管理」の在留資格を持ち、建物の解体の会社を経営し、子どもたち3人はその家族としての在留資格を持っていた。難民申請の在留資格のままだと難民不認定が確定した時に資格が剥奪されるため、切り替えたのだ。その「経営・管理」の在留資格も、8月の期限がすぎても更新が認められなかった。

「やっぱりトルコに帰るしかないね」。母子は9月に入ってそう決断した。中3のディヤルが翌年中学を卒業次第、自主的に帰ることを決めたのだ。