投資の世界で"女神"として絶大な支持を集めている女性がいる。フリーアナウンサーの佐田志歩さん(33)だ。年始の東京証券取引所で撮られた写真が「とんでもない爆美女が目撃される」とバズったかと思えば、YouTubeチャンネルを開設すると瞬く間に登録者数は10万人を突破した。
その華やかな現在の裏には、約100社のアナウンサー試験に落とされ続けた絶望の日々と、全国放送に映るために「命をかけて」試行錯誤した泥臭い過去があった。
アナウンサー試験に落ち続ける絶望の日々
大阪府出身の佐田さんがアナウンサーを志したのは、担任教師に「向いている」と言われた小学6年生のとき。アナウンサーを多く輩出する神戸女学院大学に進学後は大阪の厳しいアナウンススクールに通い、「そんな薄っぺらい人間性じゃアナウンサーにはなれない」と叩かれながらも食らいついた。
就職活動は過酷を極めた。準キー局4局はすべて1次試験で落選し、「私の未来が絶たれた」と絶望したこともあった。北海道のテレビ局では合宿まで残りながらも不合格の通知を受け、泣き崩れたという。エントリーシートでの落選も含めると、受けたテレビ局は「100社はいくかもしれない」と佐田さんは振り返る。
そんな佐田さんを支えたのは、アナウンサースクール講師の言葉だった。「アナウンサーは、なってから席替えが可能だから」——いったんテレビ局へ滑り込めさえすればキャリアの逆転ができると信じ、最終的に瀬戸内海放送への採用が決まった。
全国放送に映ろうと「命をかけて」努力していた
地方局に入ってから、佐田さんの「全国放送への執念」は並外れていた。
地方局のアナウンサーが全国放送に映れる数少ない番組である『スーパーJチャンネル』(テレビ朝日系)では、雪が降れば一番に外に飛び出し、桜の時期は毎日標本木に通い詰め、開花のリポートは5パターンも撮影してディレクターに送ったという。「そこまで命をかけて全国放送に映ろうとしている人は多分いなかったと思います」と佐田さんは笑う。
2019年にフリーアナウンサーに転身した佐田さんの現在の主戦場は投資の世界だ。もともと投資は全くの未経験だったものの、ひょんなことから投資関係のラジオや司会、YouTube番組などの仕事が増えていった。
今や「投資家インタビューといえば佐田」とまで言われる存在になった佐田さんが意識しているのは、「教えてもらう人代表」として振る舞うこと。数々の“億り人”と向き合いつつ自らもデイトレード配信をするなど、投資業界の女神として活動を続けている。
続く記事では、全国放送に映ろうと努力を続けた佐田さんのエピソードや「暴走アナ」として知られるようになったきっかけ、多くの投資家を目にしてきたからこそ実感している「成功の条件」などインタビュー全文をお読みいただけます。

