日経平均が歴史の転換点を迎え、「NISA貧乏」という言葉が生まれるなど投資ブームが再燃している昨今。株式投資の世界で“投資番組の女神”として注目を浴びているのがフリーアナウンサーの佐田志歩さん(33)だ。現在はYouTubeの投資番組で数多く司会を務め、その“爆美女”ぶりや、ユニークな語り口で絶大な支持を集めている。
瀬戸内海放送でアナウンサーをしていた佐田さんだが、2019年にフリーアナウンサーに転身し上京。しかし仕事はすぐにはうまくいかなかった。そんな中「株の知識はゼロでした」という彼女は、いかに現在の地位を築いていったのか。そこにはチラシ配りでの偶然があった。(全3回の2回目/続きを読む)
「私の代わりはいくらでもいる」フリー転身・上京での苦労
――佐田さんは2019年には瀬戸内海放送を辞め、フリーアナウンサーになります。
佐田志歩さん(以下、佐田) 瀬戸内海放送で4年間活動する中で、報道以外の仕事であったり、もう少しいろいろなことに挑戦したいと思い、フリーになる決断をしました。
――そこから東京に活動拠点を移しますね。大阪出身でもともとは関西のテレビ局を目指していましたが、関西での活動は考えなかったんですか?
佐田 考えてはいたんですが、友人から関西のフリーアナウンサー事情が思っていたより厳しいと聞いていて。出演料もそうですし、仕事もテレビかラジオが中心です。一方、東京は独立UHF局だけでも結構仕事がありますし、他にもネットや企業系など仕事のチャンスは多いかなと思って東京にしました。
――フリーアナになって、すぐにうまくいきましたか?
佐田 全然です(笑)。いきなり仕事があるとは思っていなかったですが、3つほど受けたオーディションは全部ダメで、レギュラーが1個もないままフリー生活が始まりました。
それでも最初は事務所の紹介で単発の司会の仕事をもらっていたんです。ただ、瀬戸内海放送にいると「『スーパーJチャンネル』に出ている佐田さん」だったのが、東京では「20代後半の地方局出身で、ある程度話せる女性アナウンサー」という条件で仕事をアサインされる。そのことで、私の代わりはいくらでもいると思っていました。
それでも、また仕事に呼んでもらえるために頑張らなきゃというプレッシャーはあったので、しんどかったです。
