女性や子どもを歴史の主人公として引き上げる

――この映画は女性が主役です。生き残った当時を知る女性たちに直接お話を聞く機会はありましたか?

ハ・ミョンミ はい。まず私が済州で住んでいた村の近所のおばあさんたちは皆ヘニョ(海女)で、その方々の子ども時代に興味を持ちました。また、「済州四・三事件と女性」という証言集があり、その証言集を大いに参考にして、物語に反映させるよう努めました。犠牲者という漠然とした存在ではなく、当時の人々が一人一人生きていたことを示したかったのです。特に済州4・3事件の話題になると、女性や子どもの存在が顧みられることがなく、とても心が痛んだんですね。だからこそ、当時非常に弱い存在だった女性や子どもを、歴史の主人公として引き上げ、彼らの声を通してこの歴史を見つめ直したかったのです。

『済州島四・三事件 ハラン』

――事件から逃れるため済州から大阪に渡った人も少なくなく、パンフレットに藤永壯教授(大阪産業大学国際学部)が、その方たちについても書かれていますね。毎年、大阪では慰霊祭も開かれています。

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ハ・ミョンミ 私自身はまだ直接お会いできていませんが、プロデューサーが教授や大阪のコミュニティの方々にお会いしました。ですので、今回日本での公開の際には、皆さんと映画を観て、互いに話し合える時間が持てることを期待しています。また、この映画のワールドプレミアをあいち国際女性映画祭で行った理由の一つは、大阪にいらっしゃる方々にも観てもらいたいという思いがあったからです。私の友人や同僚にも、当時大阪に移住した親族を持つ人たちがいます。大阪に親族がいることを知らなかった人もいました。その話を聞いて胸が痛み、映画の中に直接描いたわけではありませんが、その方々にこの映画を観てほしいという思いで制作しました。また、4・3事件とその後の朝鮮戦争で崩壊した済州の村々の共同体再建のために、日本に移住した済州の人々が多く支援をしていました。彼らは、自分たちだけが生き残ったことへの罪悪感を抱いていたため、当時さらに深く申し訳なく思い、資金を送ったり、学校を建てたりして村の再建に貢献したと、地元の村長さんから伺いました。

ハ・ミョンミ監督