「細木は自分が嫁に言えないことを言ってくれる」

「姑の立場からすれば、細木は自分が嫁に言えないことを言ってくれる。舅にすれば、自分が息子や娘に言えないことを言ってくれる。しかも細木さんは強い突き刺さるような言葉で発言する。

 そういう姑や舅にとってテレビに出る人っていうのはオーソリティであり、カリスマ性を持っているってことです。細木さんみたいな人がよくぞ言ってくれたとなって、視聴率も高いんじゃないですか」

 細木数子は壮年、熟年、老年の代弁者という位置づけである。

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 他方、細木数子に対して生理的なまでの嫌悪感を示す人たちがいる。テレビ画面に彼女が映ろうものなら、塩でも撒くようにしてチャンネルを切り替えるか、スイッチを切る。

 おそらく嫌悪派は物言わぬ多数派のはずだが、細木数子を受容するか、拒否するかはその人が人生の何に価値を置くかを見分けるリトマス試験紙になり得る。

 細木が体現するのは人生はカネ、奢侈は美徳、この世は上手な世渡りで愉快に暮らす、負け馬を踏み台に勝ち組になるのも勝手、といった生き方だろう。殺伐とした弱肉強食の論理にちがいないものの、グローバリゼーションの美名の下、現に進行している赤裸な資本主義の庶民レベルの先駆といえるかもしれない。