でも、三井物産の商号を守っていたのは三井家だった
戦後、三菱商事が米国で商号登録しようとしたところ、第三者がすでに「MITSUBISHI-SHOJI」「MITSUBISHI-TRADE」という商号を登録していたため、これらの商号を名乗ることができず、「MITSUBISHI.CORPORATION」で登記したという。
では、三井の場合はどうなっていたのか。実は三井家が商号を保持していた。
南家の三井高陽によれば、「三井家は連合軍総司令部の命令で持株を取り上げられ、役職から追放されたのであるが『みつい』の名は何とか三井家として保持したいという考えで、伝統ある先祖からの名を濫りに勝手に使われてはこまるということで、これは三井高修さん、三井弁蔵さんの奥さん栄子さん等が努力され、商号保存の法律的な処置をとったらどうかという事になって、このお二人が米国の弁護士に商号保全の手続きをされた。(中略)商号保全は外国における『みつい』の名称を押えたので、これでアメリカでもどこでも、三井家の承諾なしに使えないようになったのであるが、しかし、三井家としては毎年同弁護士に対して商号保全料を支払わなければならない。(中略)三井物産など外国で『みつい』の名を使わなければ多年の信用上困るということで、(中略、三井金属鉱業社長・佐藤久喜が三井物産に掛け合って)漸く三井商号保全料で三井家立替分を三井物産から貰って来られ、これを立替えて居られた三井家の主人に御返し致し、ここではじめて三井商号の外国にての自由使用ということになった」(『佐藤久喜』)。
三井家に支払うくらいなら、商標は使わない
先述した通り、江戸英雄が尽力して三井商号と「丸に井桁三の字」商標の使用料を各社から徴収し、三井各家に支払うこととした。
ところが、三井グループ企業の多くは意外に「丸に井桁三の字」商標を使っていない。
各社のホームページを見ると、「丸に井桁三の字」を大々的に掲げているのは二社だけ(2026年現在。2005年の調査では三井倉庫だけだった)。三井広報委員会自体が使っていないのだから、あとは推して知るべしといったところであろう。
大正海上火災保険が三井海上火災保険(現・三井住友海上火災保険)に社名変更した際、「『三井』の商号を使用する場合には、使用するしないにかかわらず、かならず『丸に井桁三』のマークを作成し、三井商号商標保全会に届け出て、承認を得ることになっていた。当社もその手続きをおこなったが、実際には社章として『丸に井桁三』は使用せず、新たなシンボルマークを使用することにした」(『三井海上火災保険株式会社七十五年史』)。
つまり、「三井」を冠する三井グループ企業は、原則として「丸に井桁三の字」商標を持っているのだが、それを社章として使うか使わないかは各社に任せている。合理的な三井グループ企業のことだから、商標使用料をケチって使わないことが多いのだろう。
ちなみに、三菱石油(現・ENEOSホールディングス)は合併によって、日石三菱、新日本石油と社名を変えていったが、三菱商号とスリーダイヤ商標を捨てることで数億円の使用料が浮いたと新聞で報じられた。つまり、商号・商標使用料は数千万円から数億円単位もかかるということだ。スリーダイヤ商標にはそれだけの価値があるが、「丸に井桁三の字」商標はそこまでの価値がないということか。