現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。ゆかりの城として今回訪れたのは、滋賀県長浜市の「横山城」だ。秀吉が初めて城主を任された城は、今どうなっているのか?
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姉川の戦いでは“陰の主役”になった城
4月19日放送の『豊臣兄弟!』第15話は「姉川大合戦」。織田・徳川対浅井・朝倉、両軍併せて数万人が激突し、姉川を挟んで対峙した。1000人以上が落命し、川が真っ赤に染まったという(兵数、死傷者数は諸説あり)。
戦があったのは1570(元亀元)年6月下旬、浅井長政の裏切りで大敗を喫した「金ヶ崎の退き口」から約2カ月後のこと。信長にとってはリベンジマッチだ。もちろん、秀吉もこの合戦に参加している。
この戦いの激戦地となったのは姉川一帯だが、実は“陰の主役”ともいえるのがその南方にある横山城だ。
浅井家の居城・小谷城や支配する北近江の平野を見晴らす位置にあり、信長の拠点・岐阜方面から北近江への国境も見晴らせる。南近江は信長が概ね押さえており、両軍の最前線に位置する城でもあった。
姉川の合戦当時は、浅井方がこの城に籠っていた。これを落とすべく秀吉ら織田家の軍勢が囲んでいるところに、朝倉家の援軍を得た浅井軍が南下してきた結果、横山城の北にある姉川が決戦地となったのだ。
合戦に勝利したことにより、横山城も織田家の元に落ちる。そして、この城を任されたのが羽柴秀吉だった。秀吉にとっては、初めて城主を任されたことになる。
そして城下は、のちに豊臣政権の中枢で辣腕をふるい、関ヶ原の西軍大将となった石田三成と秀吉との出会いの場でもあった。
キツイのは覚悟で最短ルートを選択
南北に長い尾根にある横山城へは、いくつかの登山ルートが整備されている。比高は約200m。地図を見る限り、緩やかで登りやすそうなのは西麓の長浜市石田町・日吉神社からのルートだが、そちらは距離が長い。一方、南東麓の観音寺からなら距離は3分の1程度。キツいのは覚悟の上でこちらを選択した。
宝亀年間(770~781)開基の観音寺は、元々は伊吹山中にあったが、13〜14世紀頃に現在地へ移った。浅井家代々からも信仰され、多大な寄進を得ていたというが、姉川の合戦の折には伽藍を破壊し守りを固めたという。
おそらく、山上に僧侶の住まいがあったのだろう。背に腹は変えられず、神仏より現実重視なのは、信長に限らず戦国の世のならいか。
本堂脇からは横山城まで、2本のハイキングコースが伸びている。向かって左の十三仏巡拝ルートと、右の西国三十三観音巡拝ルート。同じコースを往復するのはあまり面白みがないので、前者から登り、後者を降りてくる周回ルートで巡ることに決めた。
しかし、すぐにこれがとんだ間違いだったことに気づくことに――。


