「実は、面接官5名のうち4名が私を不採用にしたらしいんです。でも、バラエティ班の制作部長が…」
学生時代、「内定ゼロ」で卒業を迎えたお笑い芸人の小林アナ。それでも諦めなかった彼女は、新潟県の地方局でチャンスをつかむ。だが、順調に見えたキャリアは「社内恋愛の失敗」で暗転することに──。異色のキャリアを歩み続ける彼女のインタビューをお届けする。(全4回の1回目/続きを読む)
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女子アナ志望も「内定ゼロ」
――アナウンサーを目指したきっかけは何だったのでしょうか。
小林アナ 昔から目立ちたがり屋で、人前に立つ仕事がしたかったんです。でも、タレントになる勇気はなかったし、武器になるような特技もありませんでした。それでもアナウンサーだったら、入社試験に合格すればテレビに出られる。さらに正直にいうと、タレントと会社員の中間のような存在なので、親に説明しやすいだろうという打算もありました。
大学入試では、当時は1番希望していた英語学科よりも倍率が低めだったことから上智大学外国語学部ロシア学科を受け、運良く合格しました。入学後は放送研究会に入り、アナウンススクールにも通いました。上智のミスコンにも応募しましたが、書類審査落ちでした(笑)。綺麗な人が多かったのでハードルは高かったです。
――どうやって、アナウンサーの狭き門を突破したのですか?
