大阪の歌舞伎の拠点である「大阪松竹座」が5月末に閉場する。昨年10月に文化勲章受章者を受賞した歌舞伎俳優の片岡仁左衛門さんが、大阪松竹座の思い出を語った。

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道頓堀から劇場が消える

 ――仁左衛門さんの出身地である大阪の歌舞伎の拠点であった大阪松竹座は、老朽化などを理由に2026年5月末に閉場します。現時点では再建計画は発表されていません。

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 仁左衛門 芝居街としてにぎわってきた道頓堀から劇場が消えてしまいます。明治以降も道頓堀五座(浪花座、中座、角座、朝日座、弁天座)と呼ばれて劇場が立ち並んでいた時代があり、それ以前には、もっと多くの芝居小屋があったそうです。

片岡仁左衛門さん ©文藝春秋

 私の初舞台も道頓堀の中座(1949年)でした。その頃の中座はロビーにちょっとした庭があり、冷房も無い時代でしたから、夏場に雨が降ると庭のあるロビーがいくらかは涼しくなり、お客様は客席のドアを開けて僅かな涼をとりながらお芝居をご覧になることもありました。楽屋風呂は薪で焚いていたので、その匂いが時々舞台にまで漂ってきたこともありました。

 舞台の機構も金丸座(香川県琴平町)のように全て人力で、良き時代のぬくもりのある劇場でした。

 私は松竹専属ではございませんけれども、松竹に育てられた人間です。関西発祥の松竹の歴史としても大阪に劇場が無くなるのは非常に寂しい。父も関西歌舞伎の低迷期に道頓堀から歌舞伎の灯を消したくないという一心で、1962年に自主公演の「仁左衛門歌舞伎」を文楽座(後の朝日座)で立ち上げました。