経済学者・成田悠輔さんがゲストと「聞かれちゃいけない話」をする連載。今回のゲストは、人間国宝の狂言師・野村万作さん(94)です。
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後ろ姿って自分では見られないもの
成田 狂言『川上』を演じたものを撮った映画(野村さんを追ったドキュメンタリー映画『六つの顔』。現在公開中)をご覧になって、何か発見はありましたか?
野村 発見というほどではないんですが、たとえば皆さんがご覧になるお芝居で、盲目の役の人が出てきたら、たいていはこうやって(後傾して)歩いていますよね。
ところが、この映画の狂言ではこうやって(前傾して)います。これは杖を突きながら、手も前に差し出して、物とぶつかることを避けているから、こういう動きになるわけです。これは能に出てくる盲目の人も同様で、前傾で杖を突く。
つまり江戸期以降の目の見えない方の表現(後傾)と、室町期の狂言や能の表現(前傾)とは違うんだな、と映像を見ながら改めて思いました。
成田 映像という共通形式に落とすことで、違う分野や時代の芝居の姿勢や運動の異同を比べやすくなりますね。さらに映画だと、舞台や客席にいる人間の視線とは全く違う場所や角度から見ることができますよね。たとえば中空から少し見下ろすように万作さんが撮られているシーンが印象深かったです。天からの視線と言いますか。
野村 それでいえば、『釣狐』でキツネが罠の餌を狙っている場面で、今の銀座ではなく大曲(東京・新宿区)にあった時代の観世能楽堂(当時は観世会館)の二階席から、カメラマンが撮った面白い構図の映像(1966年)があったことを思い出しました。それで今回、そのビデオがNHKにあるというので、使わせてもらったんです。
それからもう一つ、犬童監督のアイデアだと思うんですが、さきほどの『川上』で、お堂にこもって「南無地蔵大菩薩」と拝んでいる男を、反対側(背中側)から撮っているところがあるんです。一瞬「おや?」と思ってから、「ああ、なるほどな」と。あれも面白いシーンでした。
成田 後ろ姿ってご自身では見られないものの代表じゃないですか。

