身分が下がったが、コネは使えた“零落士族”

前述の『実地看護法』復刻版に付記された伝記とは、ずいぶんと趣が違う。そもそも和の父・増虎は「苦境に立たされた」とはいえ帰農しただけである。家禄も家も返上した、とある。しかし頼れる旧藩知事は華族になって東京にいる。結婚相手は陸軍少尉にまで出世した男である。息子には「六郎」と名付けるほど妾と子供がいた、というのは確かに問題だが、それはまた別の話だ。

明治の「零落した士族」というのは、つまりそういうことである。ネットワークは生きている。コネは使える。華族の親戚もいる。ただ、お金と身分が以前より下がった、というだけの話である。

つまり、前作「ばけばけ」のヒロインのモデルであるセツの没落ぶりと比べれば天国である。和の場合、赤子を抱えてさめざめと泣いているというよりは、武家の娘のプライドと合体して「くっそ〜、今に見ておれ……」という具合だったのだろう。

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ここで重要なのは、現在も残されており多くの書籍で引用されている写真だ。この時期の和は華麗な洋装ということだ。

英語習得は“外国人との会話に不便を感じたから”

洋装といっても、当時それは一部の上流階級にしか許されない装いである。しかも写真撮影は明治8年時点で3〜7円(週刊朝日編『値段の明治・大正・昭和風俗史 続』朝日新聞社、1981年)。金持ちでもなければ撮影などできない。これが史実の大関和の「苦境」である。

ドラマでは直美が鹿鳴館のメイドとして働いているわけだが、史実と照らし合わせれば、これは、りんのモチーフである大関和の人生を利用している。でも、和はメイドどころか社交を繰り広げる側だったというわけだ。

それにしても、直美は第一話で自ら「みなしご」と言っている。貧困の極みの出自である。

鹿鳴館のメイドというのは、上流階級の文化を身につけた女性が就く仕事である。現代のカフェのアルバイトではない。ドラマは鹿鳴館のメイドをコンカフェのキャストかなんかと間違えているフシがある。