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和は「くっそうの精神」で突き進んだか
ここまで見てきたように、大関和の「苦境」とは、旧藩の華族を頼れて、エール大学帰りの知人がいて、「近代歯科の父」の妻に紹介してもらえる、という種類の苦境である。
この時代、離縁されて幼子を抱えた女性の末路は、おおむね決まっていた。実家でひっそり肩身を狭くして暮らすか、さもなくばもっと惨めな道である。
和が「くっそう、今に見ておれ」とばかりに英語塾に通い、社交界に顔を出し、やがて“日本最初の看護婦”へと駆け上がれたのは、彼女の意志と才能によるところが大きい。それは間違いない。
しかし、その意志と才能を発揮する余地があったのは、彼女が上流階級の娘だったからである。
「くっそう」のエネルギーは、誰にでもある。実家が太いヤツが強いのは、明治も令和も変わらない。
昼間 たかし(ひるま・たかし)
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
