“サッカーの町”清水の駅前には…
「江尻口」と名付けられた西口に出ると、バス乗り場になっている駅前広場には、サッカーを楽しんでいる少年だか青年だかの像が目に留まる。エスパルスの存在だけでなく、清水は古くから日本有数のサッカーが盛んな町。いっときは、「日本のブラジル」などと呼ばれたこともあったほどだ。
駅前広場に降りたって、ああやっぱりここはサッカーの町なんだ、と改めて認識したところで、少し駅前通りを西に行く。すぐそこにあるスクランブル交差点には、天下の国道1号、東海道が通っている。
国道1号はこの交差点でカクッと折れて西に進路を変え、そのまま南に向かうのは国道149号。ナンバリングは変わるけれど、なかなか交通量の多い清水のメインストリートになっている。
国道149号の東側、JR東海道線の線路との間には清水駅前銀座商店街というアーケードが延びている。東京都心の商店街のようにたくさんの人でごった返している……ということはさすがにないものの、それなりに昔ながらの店もあったりして、地方都市の駅前商店街にしては賑やかだ。
このアーケードをそのまま南に進むと、線路沿いで国道の高架をくぐって西へと続いてゆく。こちらはアーケードではなく、それでも清水銀座という別の商店街になっているようだ。
まっすぐ西に向かった先には、魚町稲荷という神社が鎮座する。その裏手は武田信玄が駿河侵攻の拠点とした江尻城跡だ。すぐ南側には、巴川が流れている。
清水銀座は、元を辿れば旧東海道の18番目の宿場町・江尻宿の町並だ。清水駅も、もとは1889年に江尻駅として開業したのがはじまり。いまよりは300mほど南、清水駅銀座商店街の南端あたりにあったという。
清水という名の町はもう少し巴川河口に近い港町で、宿場が江尻と棲み分けられていたのだろう。最初に駅名に採用されたのは、宿場の名であった。
江尻駅が清水駅に改められたのは1934年のこと。その10年前、1924年には清水市が誕生している。








