胸囲130センチMカップでグラビアを中心に活躍するねぎとろまるさん。小5で胸のサイズがDカップ、中学2年の時にはHカップになった胸の大きさにずっと苦しめられてきたという。

 男子に「デブ」「奇形」とバカにされ、高校の入学式では「こいつは柔道部」と揶揄されるなど体型に関する悩みを深めていたが、「まったく相談できる状況じゃなかった」という家庭環境も悩みを深くしていた。

 母親はうつ病でオーバードーズを繰り返し、浮気相手とのラブホテル代まで娘に借り、果てはねぎとろまるさんの教育ローンにまで手をつけて男性に貢いでいた……。生まれ育った過酷な家庭環境と、母親から離れるまでの話を聞いた。(全3回の2回目)

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精神的に不安定な母親の面倒を小学生の頃から見るしかない家庭環境に苦しんだねぎとろまるさん ©文藝春秋 撮影・細田忠

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——学校での悩みを相談できないくらい親との関係は悪かったんですか?

ねぎとろまる 関係が悪い以前に、そもそも家庭環境がボロボロだったんです。父親はパチンコ依存で、母親がキャバクラで働いて生計を立ててたんですけど、私が2歳のときには両親が離婚して母子家庭でした。数年後には再婚予定だった相手を友達に略奪されてうつ病になり、お母さんは毎日「死ぬ」って言いながら泣いていました。

オーバードーズで倒れる母親を見て「私が助けなきゃ」

——5歳の子どもが直面するにはハードすぎる環境です。

ねぎとろまる お母さんはその後別の人と再婚したんですけど新しいお父さんが放置型の人で、お母さんがオーバードーズして泡吹いて倒れててもあっけらかんとしてるんです。

——でも倒れてるのを放っておけませんよね……?

ねぎとろまる 母方のおばあちゃんが近所に住んでいたんですけどまだ働いていて日中はいないし、きょうだいもいなかったので私がやるしかなかったです。

 

——どんなことをしていたんでしょう?

ねぎとろまる オーバードーズして倒れたら救急車を呼ぶし、お母さんが不安定な日は自殺するんじゃないか心配で学校を休んで見守ったり。死んじゃいそうなお母さんを見て「私が助けなきゃ」って思ってました。

 小学生のときからよく「落ち着いてるね」って言われてたんですけど、たぶん誰にも頼れないから落ち着くしかなかったんだと思います。