胸囲130cm、Mカップでグラビアを中心に活躍するねぎとろまるさん。小5で胸のサイズがDカップ、中学2年の時にはHカップになった胸の大きさにずっと苦しめられてきたという。
「切除する手術まで考えた」と言う大きな胸がグラビア活動では大きな助けになったが、「結局乳で稼いでるやん」という心無い言葉を投げかけられたり、理不尽な炎上の被害にあうこともあった。
長年のコンプレックスを受け入れられたきっかけ、誹謗中傷に思う事、そして体型の今後について話を聞いた。(全3回の3回目)
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——1人で上京して、何かアテはあったんですか?
ねぎとろまる 実は奈良にいた最後の頃に、ぽっちゃり体型向けブランドのアンバサダーのお仕事をさせてもらうようになって、その時に作ったSNSアカウントが今の「ねぎとろまる」です。とはいえお洋服は支給されるんですがお金はもらえていませんでした。DMでお誘いいただいてバーで働くこともあったので、接客業ならすぐに働けるかなと思ってました。
——仕事はすぐに決まったのでしょうか?
ねぎとろまる 上京した日からスナックの面接に行って、無事採用されたんですけど色々と合わなくて3カ月で辞めちゃって。次の仕事を見つけないまま辞めたので、カラオケ屋のバイトとかでどうにかつないでた時期もありました。
——生活は大丈夫だったのでしょうか。
ねぎとろまる 全然回っていなくて、一番キツイ時期は家賃を2カ月滞納しちゃっていました。3カ月滞納すると強制退去と言われたんですけど、家族はもちろん頼れないし友達にお金貸してとも言いにくい。せっかく家族から離れて東京へ出てきたのに「どうしよう、もう死ぬしかない」っていきなり追い詰められました。
「私なんか…」と思っていたグラビアやモデルの仕事
——どうやって乗り切ったんですか。
ねぎとろまる 頼れる人で思いついたのがアメーバピグで出会った元カレしかいなくて、別れた後もたまに連絡をとっていたので「家賃とか携帯代とか20万円くらいがほんまに払えんくて、もう死ぬかな」とLINEを送ったら、「20万なんかで死ぬんやったら、全然貸すわ」って返事がきて、すぐに振り込んでくれてなんとか生き延びました。
——その間に次のバイトが見つかった?
ねぎとろまる ずっとコンカフェが気になっていて、でも制服のサイズがないから採用されないだろうと諦めてたんです。それがたまたまオープニングスタッフの募集が出ていたので連絡したら「4Lサイズの子がちょうど来れなくなったからサイズあるよ」と言われて。
フリルやリボンがついたかわいい制服のアイドル寄りのコンセプトのお店で、週4~5日楽しく働いてました。ここは馴染めたんですけど、今度は半年ぐらいでお店が潰れちゃって。

