スイーツの神様の声

 というわけで迎えた2020年のクリスマスシーズン。私は例年にない熱量でホールケーキに入れあげていた。

 この年は皆さんも骨身に染みて感じた通り、感染症が流行した年だった。

 それ以前から在宅ワークのような日々ではあったものの、2020年は人生で一番家にいた。そうなると、お金を使う機会も、パッと気持ちが明るくなるようなイベントもなくなる。読者の皆様もそうだったと思うが、今年はこんな感じで終わるんだなァと、11月下旬の私はどこか盛り上がらない気持ちを燻ぶらせていた。

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 都内のホテルたちが、クリスマスケーキのラインアップを発表するまでは。

 私はこれまで、コンビニやカフェ、ドーナツショップなどの新作を日々の楽しみとしてきた。あの日まで頑張ればミスタードーナツの新作が、あの日まで頑張ればローソンのスイーツの新作が、という要領で、なんにも起きない日常に一つ数百円のスイーツたちが素敵な旗を立ててくれていたのだ。特に感染症が流行してからはひたすら家の中でパソコンに向かう日々で、月に何度か訪れるささやかなご褒美は大きな心の支えとなっていた。

 そこに訪れたのが、ほぼ毎日のように新作かつ期間限定かつゴージャス感丸出しのケーキが放出され続ける怒濤のクリスマス期間である。

 私は各ホテルのラインアップがまとめられている特集ページを眺めながら、もう上京して十数年になるのに、どうして今までこの豪華絢爛なケーキたちを手に入れようとしなかったのだろうと不思議に思った。私はきっと、予約と支払いさえ済ませれば手に入れられると知ってはいながら、こんな贅沢品は自分とは無関係だと思っていたのだ。ケーキにこんなお金は使えないと、一般常識に自分自身を当てはめて遠慮をしていたのだ。だけどもういいじゃないか。他の何にお金を使うわけでもないのだし、年に一度、各ホテルのパティシエの叡智が集結した一品を楽しむくらい、いいではないか。今年は本当にずっと家にいた。ここでお金を使わないでいつ使うつもりなのか、自分! ――そう自問自答していた、そのときだった。

≪全部食べなさい――。≫

 えっ? いま何か聞こえたような……

≪私はスイーツの神様。全部、食べなさい。≫

 スイーツの神様? と、今話してる? すごい、『魔女の宅急便』のキキとジジみたいですね!

≪食べたいと思ったものは、全部食べるのです――。≫

 でも神様、いいんですか? ホテルが出してるクリスマスケーキって、なんかもっと『東京カレンダー』に出てくるみたいな人が食べるものなのかなって……やっぱり高いし、甘いものにこれだけお金使うのはもったいないのかなって思う自分もいるんです。

≪明日死ぬかもしれないのに?≫

 え?

≪明日死ぬかもしれないのにって言ってるの。≫

 怖……そういう極論ぶつけてくるタイプなんだ。

≪もう大人なんだから、お金の使い道くらい自分で決めなさい。≫

 大人なんだからとか言い出した……でも本当にそうかも。私は一体誰の許しを得ようとしていたんだろう。自分で稼いだお金で自分が欲しいものを買う、それでいいんだよね。

≪そうです。生まれ変わったあなたにまた会える日を楽しみにしていますね――……≫

 ありがとう! スイーツの神様! バイバーイ!

 というわけで、私は神の啓示に従って、この年は思い切りホテルのクリスマスケーキを楽しむことに決めた。そして私は今、自問自答等で描写が冗長になりそうな部分は神との対話で乗り切れるという非常に狡い気づきを得た。これは使えるぞ! ありがとう神様!

朝井リョウ『そして誰もゆとらなくなった』©文藝春秋

 まず、戦況の確認から始めることにした。

 どのホテルも基本的に、クリスマスケーキの最終販売日は12月25日であった。これは想定内だったが、中にはイブと当日の二日間しか販売しないホテルもあり、せっかくのスペシャルでボナペティなケーキなのだからもっと売ればいいのに、と思わざるを得なかった。そのために研究や開発を重ねてきたのでしょう? だったらもう門松とかブチのけて売っちゃおうよ!

 というわけで、いくつ買うとしても最終購入日は12月25日で決定。生ケーキの消費期限は購入したその日中というのが関の山だが、私はひとつのホールケーキを食べ切るのに二日は要する。そのくらいの延長は仕方ないだろう(良い子は真似しないでね――……)。つまり、胃の休息日を一日挟むとして、引取日と引取日の間隔は三日間ほど空けるべきだ。私は、25日に最後のケーキを引き取るところから逆算しつつ、自分の予定、各ホテルの販売開始日を照らし合わせ、最大値でいくつケーキを回収できるのかを割り出していった。

 結果、2020年のクリスマス、私は5つのホールケーキを引き取ることが決定した。

 ざっと調べたところ、都内で最も早い引取日を設定しているのは、某ホテルの【12月7日から】だった。その日から始まって、11日、16日、20日、25日。これが私の叩き出した最適解となった。

 ということで、2020年の私のクリスマスは、12月7日から25日まで、計19日間の開催ということで落ち着いた。

 大人って最高だなァ。次々にケーキの引き取り予約をキメていきながら、私は染み入るようにそう思った。子どものころ、大人になるっていうのは辛く苦しいことが増えるイメージがあった。でも今は、それだけではないと確信を持って言える。辛く苦しいこともあるけれど、大人になればクリスマスの期間だって自分で決められるのだ。