1960年代の中国で、飢餓ではなく「憎しみ」から人間が人間を食べる行為が白日のもとで横行した。なぜ市場に人間の肉が並び、かつて人を喰らった者たちは処罰されるどころか、現在も「革命行為」として評価され続けているのか。(全2回の1回目/続きを読む)
(初出:「文藝春秋PLUS」2026年4月12日)
憎しみから生まれる食人行為
歴史上、食人という行為が記録されているとすれば、多くの人は凄絶な飢餓の果てに起きた悲劇を思い浮かべるだろう。事実、中国でも1950年代の大飢饉のなかで、食べ物が尽きた末に人を食べるという行為が隠れるようにして横行した。
しかし、文化大革命(1966~1976年)に記録された食人は、その性質がまったく異なる。静岡大学教授・楊海英氏は断言する。
「憎しみから食べるんですよ。別に食べ物が不足しているわけじゃなくて」
文藝春秋PLUSの動画番組「+HISTORY」に出演した楊氏は、文革期の食人が「堂々として、組織的に白日のもとで食べていた」のだと語る。その背景にあったのは、政府や毛沢東が人民に向けて煽り続けたスローガンだ。
市場には人間の肉がずらり…
「階級の敵、人民の敵に対して憎しみを持とうという、そういうスローガンは政府から、毛沢東から出てるんですよ」
「どこまで恨んでいるかと言ったら、食べてしまうほど」そんな言葉が時代の合言葉として流通した。憎しみを可視化し、極限まで高めることが革命への参加として奨励されたのだ。ベトナムに近い広西チワン族自治区では、市場(バザール)に人間の肉がずらりと吊るされていたことを記した公文書が残っている。
さらに異常なのは、文革が終わった後の顛末だ。楊氏によれば、かつて人間を食べた革命幹部たちは「ほとんど処分されていない」という。アメリカに亡命した研究者が当事者にインタビューし、「あなたは人を食べましたか」と問うと、「はい、食べました」と悪びれずに答えた証言も残っている。
