緊迫する中東情勢。アメリカが軍事力を誇示し、ミサイルが飛び交う戦場の外側で、中国はしたたかに「無血の覇権争い」を進めている。
イランが国際的に孤立し、アメリカの経済制裁が強まるなか、中国は原油を格安で買い叩き、「ドルを使わない決済システム(人民元経済圏)」の構築を加速させているというのだ。
とはいえ、アメリカの攻撃は中国にとっても「打ち出の小槌」ばかりではない。いったい何が起こっているのか。前延辺大学科学技術学院教授、創価大学法学部客員教授の李虎男氏による『中国は覇権を握るのか 帝国をよみとく8つの鍵』(光文社新書)の一部を抜粋。次世代の国際秩序を決定づけるかもしれない「静かなる戦争」について紹介する。
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無血の覇権
グローバル競争における真の勝者は、必ずしも戦場で敵旗を奪った国ではない。21世紀の勝敗は、物理的な破壊の規模ではなく、戦後のシステムを誰が定義するかで決まる。中国がイラン戦争の周辺で展開しているのは、アメリカが軍事力を誇示する空間の外側で、実質的な経済・金融支配を確立する「無血の覇権争い」である。
アメリカが中東での軍事作戦に没頭すればするほど、相対的に南シナ海や台湾海峡における米国の監視能力に隙が生じ、中国の戦略的自由度は増す。さらにグローバルサウスでは、米国の軍事行動が「強権的な秩序の押しつけ」と映るたび、中国はそれに対する代替案、すなわち「内政不干渉を原則とする経済協力」を提示する。米国がミサイルを放つとき、中国は北京の会議室で、戦後復興の青写真やインフラ開発の契約書に署名を求めている。
この構図の最大の主眼は、「米ドル覇権」への体系的な挑戦である。
イランを「実験場」にする中国
中国の究極的な目標は、イランを中東における金融・エネルギー決済の実験場とし、人民元を基軸とした国際経済圏を構築することにある。長年、米国はSWIFT(国際銀行間通信協会)を通じた経済制裁を強力な武器としてきたが、イラン戦争という極限状態は、逆に「ドルを使わない決済システム」への需要を爆発的に高めている。中国は、原油取引を人民元で行う「ペトロユアン(ペトロ人民元)」の仕組みを定着させ、デジタル人民元による国境を越えた決済網を構築しようとしている。これにより、アメリカの経済制裁という「伝家の宝刀」は無力化される。
米国の軍事行動が激化し、同盟国以外の国々が「次は自分たちがドルの世界から追い出されるのではないか」という恐怖を感じるほど、中国が主導する「非ドル・多極化」の論理は磁石のように各国を引き寄せる。興味深いことに、イランの困窮そのものが中国の利益に直結するというパラドックスも存在する。
