哲学書を読んで三段リーグを突破した男
北野 あと今年の詰将棋解答選手権で優勝した岩村凛太朗四段は、デビュー後は少し苦しんでいるようにも映りますけど、中学生棋士の期待を受けたような棋士ですから何かを契機に勝ち始める予感があります。
初めての取材の時、今期の三段リーグで上がれたのはどうしてだと思いますかと聞いたら「哲学書を読んだからです」と言うんですよ。
野澤 いいですねえ(笑)。
北野 「ビュリダンとロバ」という哲学の思想を知ったからだと。左に行っても右に行っても同じ距離に同じ量の餌がある、という状況で最善の選択をしようとして悩み抜いて餓死してしまう、というロバの話を読んで、彼は「あっ、僕じゃないか!」と思ったそうなんです。どちらが正しいのか、という局面について、どちらでも正しいなら自分の好きな方を選べばいいじゃないかという気持ちに切り替えられたみたいで。
いつもニコニコと負の感情を抱えず、詰将棋解答選手権で優勝するくらいの才能を持っているわけですから、覚醒の時が楽しみです。
とてつもない才能、とてつもない魅力を持った19歳が棋士になります。岩村凛太朗三段インタビュー。
— 北野新太『夜を戦う 純情順位戦』発売中 (@kitanoarata1980) September 22, 2025
藤井聡太を追う新人・岩村凛太朗 病と闘った自由意志「未来は」:朝日新聞 https://t.co/HHjwjRceHR pic.twitter.com/H3ZlzqgfJv
野澤 全問正解ですからね。伊藤二冠が「藤井さんが出場したら、二人の対決を見たい」と話していましたが、どちらが早く全てを解くかという勝負になりそうですね。岩村四段は哲学書がリーグ突破のきっかけになったというのは、技術的には十分に達していても、自分の内面的な部分のコントロールが課題だったということですかね?
北野 そうかもしれないです。
野澤 リーグ戦もトーナメント戦も、長い期間をかけて行われるので、好不調の波がないことが大きいですよね。いかにメンタルをコントロールするかが技術と並んで重要なのでしょう。
伊藤匠二冠は次のレベルに進んだ
北野 メンタルとは微妙に異なることかもしれませんが、最近の伊藤二冠の将棋を見ていると、技術はもちろん、技術を超えたメンタル的なことについても、ある場所まで達した人のように感じることがあります。
前期のB級1組の最終戦で、勝てばA級、負けた場合は他の結果に委ねなくちゃいけない状況で澤田真吾七段と戦いました。ずっと押されていて深夜11時半くらいまで負けそうだったんです。以前の伊藤二冠なら、焦りとか重圧とかが姿から見えたと思うんですけど、あの時は一切ありませんでした。終局4分前に澤田さんが落手を指してスッと形勢が入れ替わって、4分後に伊藤さんのA級昇級です、という結末でした。
そんな決着はあまり見たことがなくて、新聞に思わず「美しい夏の清流に身を任せるような勝局」と書いたのですが、そのような印象を強く受けました。思い出したのは平成期に藤井猛九段が「将棋とは何か?」と聞かれて答えた「最後に羽生さんが勝つゲーム」という言葉でした。藤井名人が現れた後も、連勝記録や数々の最年少記録を更新する時は、ここで負けたら逸していた、という勝負で、最後は作ったように勝っていったじゃないですか。
野澤 ありましたね。朝日杯の優勝とか全てが藤井六冠のための舞台のようだった。



