不肖・宮嶋が捉えた“射撃の瞬間”

 ここで不肖・宮嶋が撮影してきた自衛隊戦車の射撃シーンをご覧いただきたい。砲弾の発射がどれほどの爆発力で破壊をもたらすか、おわかりいただけるだろうか?

撮影=宮嶋茂樹
撮影=宮嶋茂樹

 全長10m弱の戦車より大きな火の玉と、耳をつんざく轟音、そして肌をつく衝撃波。それらを発生させる砲弾が砲塔内で暴発したのである。

 死亡した3名の隊員の方々の苦痛が一瞬であったことを祈るばかりであるが、重傷を負われた女性乗員の方が味わった恐怖は察してあまりある。肉体的負傷に加え、精神的苦痛が一刻も早く癒されんことをこれまた祈るばかりである。

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先代90式との大きな違い

 不肖・宮嶋が10式戦車と初めて(まみ)えたのは2008年2月。10式というからには2010年に正式配備される2年前のことである。当時はまだ、防衛省技術研究本部の開発段階にあった。

 先代90式戦車に続く第4世代の10式は、搭載武器も主砲120mm滑腔砲と機関銃2門で90式と全く同じ。だが、ほとんどの日本の橋を渡れるよう50tを切った車体は、ステルス性を帯びながらスマートで、近未来的なシルエットと頼もしい存在感を醸し出していた。

撮影=宮嶋茂樹

 2010年の正式配備を経て、2012年1月には陸上自衛隊富士学校で晴れの入魂式が行われた。エンジン・トラブルで走行を披露できず、若干不安がよぎったのは否定できないが、さらにその翌年同じく富士学校で行われた陸上幕僚監部主催の研修会で不肖・宮嶋が試乗した際には、国産高級車と同じ無段階変速機によるスムーズな加速と1200馬力を誇るディーゼル・エンジンのパワフルな加速を実感できた。特に先代90式との大きな違いは後進時の速度であった。

撮影=宮嶋茂樹

 さらに、120mm滑腔砲は日本製鋼所が開発した国産砲身。同じ120mm滑腔砲でも、90式はドイツのラインメタル社のライセンス生産だった。なお61式、74式、90式、10式4世代に渡る国産戦車はすべて三菱重工が開発製造している。

 このたび殺傷力のある武器の輸出が解禁されたが、それまで日本の防衛産業は取引先が人口は1億2千万のうち、わずか22万の兵力しかない自衛隊と防衛省だけと、まあ狭い市場だった。そのうえ開発には膨大なカネがかかり、単価も高く、作れば作るほど赤字である。

 せやのに、なぜ戦車や潜水艦まで国産で造っているかといえば、大企業ゆえに防衛部門がほんの一部であるため、赤字部分を民間部門で相殺できるからである。そして、防衛部門で培った技術を民間部門でも活用できるメリットもあり、自動運転装置や障害物センサーも軍事技術からの転用だと言われている。巷間で言われているように、決して大儲けできる産業ではない。

我が国特有の戦車事情

 ところで、そもそも戦車とは何だろうか。ハリウッド大作『ベン・ハー』に出てきたような、ローマ帝国時代の装甲馬車を起源とする説もあるが、第1次大戦の西部戦線に英軍が投入した、キャタピラ(無限軌道)を履いた鋼鉄製のマーク1戦車を起源とする説もある。

 だが、我が国ではちょいと事情が異なる。