初めてのエッセイ本はベストセラー、初めての短編小説集は島清恋愛文学賞を受賞と、次々と新しいジャンルに挑戦し、快進撃を続けるヒコロヒーさん。そんな彼女を人は「令和の向田邦子」と呼ぶ。ヒコロヒーワールドと向田邦子の世界。それはどこで、どのようにつながっているのか。ご本人に向田邦子体験を聞いてみた。
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向田さんの作品は前からお好きでしたか?
――「令和の向田邦子」と言われて、ご本人はいかがですか?
ヒコロヒー いやいや、そんな恐れ多いですよ。前に恋愛もののドラマの脚本をやらせてもらったときに、わたしがちょっとふざけて言ってみただけなんです。「松竹芸能の向田邦子だ」って(笑)。
――でも、向田さんの作品は前からお好きだったんでしょう?
ヒコロヒー 高校生のときからエッセイはよく読んでましたね。「父の詫び状」とか、繰り返し何度も読みました。
――ヒコロヒーさんの「黒じゃなくて青なんだね」(注1)という作品を読むと、向田さんの世界に通じるものを感じました。恋人と別れた女性が自分を取り戻そうと、本当に自分が心から好きだと思える香水を買いに行くんですが、向田邦子さんのエッセイ「手袋をさがす」(注2)が頭に浮かびました。
ヒコロヒー 気に入らない手袋をはめるくらいなら、はめないほうが気持ちいいと、真冬なのに手袋なしで過ごすんですよね。23、4のときに読みました。
――人から何と言われても、私が好きなのだからと自信をもってつけていられる香水を探す主人公と、本当に自分が満足できる手袋をさがし続ける向田さんが重なります。
ヒコロヒー 会社の上司からも忠告をうける。そういうことでは女の幸せを取り逃すよ、って。それでも、向田さんは手袋を探すって決断する。その強さってすごいなと思います。
――ヒコロヒーさんだったらどうします?
ヒコロヒー 適当なところで手をうつかな。寒いほうがいやだから(笑)。はじめてこのエッセイを読んだとき、「あっ、私と向田さんは違うな」と思ったんです。
――どういうところが?
ヒコロヒー 向田さんは「ないものねだりの高のぞみが私のイヤな性格なら、とことん、そのイヤなところとつきあってみよう」と決めたわけですよね。ご自身の中にたくさん選択肢があるなかで、自分らしくあるために、あえて“わがままに生きる”という選択をした。でも、私の場合は、“今ある自分”だけで、ほかに選択肢がなかったんです。わがままを言わず、まわりに同調することもできて、人前でももう少し愛想良くできる女に生まれていたら、そっちのほうがよかったなと、いまだに思っています。もう少し人生、楽だったかなと。
「周囲の価値観に振り回されるのはいやだ」と思っていたんですけど…
――でも、そんな自分を貫き通した結果、今があるわけですよね。
ヒコロヒー それしかやり方がわからなかったですからね。向田さんのように自分で選択して、「これでいいんだ」と覚悟を持ってやっていくのと、私みたいになんとなくフニャフニャやってきたのとでは、結末が違うんだろうなと思っています。だからあまり偉そうなことは言えない(笑)。
――ヒコロヒーさん、自己評価が低すぎるのでは……。
ヒコロヒー そんなことないですよ。いまは社会的に認められたからいいようなものの、それがなかったらただの不適合者ですもん。でも、そういう生き方しかできないという人はたくさんいると思いますよ。以前は「周囲の価値観に振り回されるのはいやだ」と思っていたんですけど、最近ちょっと変わってきたんです。振り回されるのは嫌だっていうのはありつつ、やっぱりいろんな価値観の人がいるわけですから、「これをしたら、そういう人たちにはどう思われるか」ってところまで考えないといけない。「やだ、やだ」って言ってるだけじゃダメかなと思うようになりました。
――大人になったということですか?
ヒコロヒー あきらめたんじゃないですか(笑)。主体性というのはもちろん大事ですけど、「自分らしく」ということにあまりとらわれなくてもいいんじゃないかな。歳を重ねていけば、自然と「自分らしさ」というのは見えてくるわけですからね。
――ヒコロヒーさんが小説を書くうえで意識されていることというのは?




