90歳から始まった第二の人生

 どこか、本当に打ち解けることの無かった母子の関係が変ったのは、平成9(1997)年、母が90歳の時でした。この年、母の再婚相手だった義父が亡くなりました。そして、NHK連続テレビ小説「あぐり」が放映されたのです。

 テレビで自分の半生を見たことで、昔のことをいろいろと思い出し、自分の人生を振り返っていたようです。街を歩くと「あぐりさん」と声をかけられるようになったのも刺激になったのかもしれません。そこから、母にとっての第二の人生が始まったのです。

 変化を薄々感じつつあったある日、私は、「友人たちとメキシコに遊びに行ってくるわ」といつものように母に伝えました。ところが、その日は勝手が違っていました。母が、「私も行く」と、ものすごく元気な声で言うのです。

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「えー、だってメキシコよ」

 と驚く私に向かって、

「昔は、新幹線がないのに、東京と岡山にあった美容室の支店を汽車で十何時間もかけて行ったり来たりしたんだから、飛行機ぐらい何でもないわよ」と。

 それは初めて聞く母の強い意思表示でした。それまで、一度たりとも、「私はこうしたいの」という言葉を聞いたことはありません。こんなことはきっと一度きりでしょうから、連れて行ってあげようと私は思いました。