誰もが等しく経験する最愛の人との別れ――かけがえのない家族の死とどのように向き合い、悲しみから始まる新たな人生を過ごしているのか。
ここでは107歳まで生きた母・吉行あぐりさんを看取った女優・吉行和子さん(2025年逝去)の思い出を紹介。彼女の生命力の秘密とは?
月刊「文藝春秋」に掲載された魂の記録を1冊にまとめた新書『目覚めると、ひとりだと気づく 家族が過ごした最期の日々』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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「今日はメキシコ人とダンスをしてきたわ」
案の定、私はメキシコで2日ほど寝込んでしまいましたが、母は遊びに出かけてしまう。夜、部屋に帰ってきて「今日はメキシコ人とダンスをしてきたわ」とか楽しそうに教えてくれます。
メキシコに出かけると、見るもの聞くものが初めての事ばかりでしたから、好奇心の強い母はとても楽しかったようです。ユカタン半島のピラミッド(チチェン・イッツァ)に行ったところ、「上まで昇るわ」と言って階段を昇りはじめました。さすがに3段ほど昇ったところで腰を下ろしてしまい、頂上まで昇るのは断念してしまいました。しかし、そこから辺りを見回している母の表情が本当に明るかった。「吉行あぐりは、こんなに美しい人だったんだ」と心の底から嬉しく思いました。
考えてみれば、母の笑顔を見たのも初めてのことです。それまで、母といえば眉間にしわを寄せて、きちんとしてはいるけれど、明るいとか柔らかい感じを持ったことはありませんでした。だからこそ笑顔を見られて私の心は揺さぶられました。
あの表情を見ることができるのならば、私が旅行ぐらい付き合ってあげるしかないな、と覚悟を決めたのです。
