“伝説のヤクザ”として知られ、俳優としても異彩を放った安藤昇。だがその一方で、自らメガホンを取り、常識破りの手法で映画制作にも挑んでいた。中でも昭和51年公開の『やくざ残酷秘録片腕切断』は、あまりに生々しい描写で世間を騒然とさせた作品である。
わずか800万円という低予算ながら、実在のヤクザたちを巻き込み、驚くべき手法で完成したこの映画。その裏側では、常識では考えられない出来事が次々と起きていた――。大下英治氏の著書『安藤組 修羅たちの戦い』(宝島SUGOI文庫)より、その実態をひもとく。(全2回の1回目/2回目につづく)
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ヤクザ社会の習慣を見せつけた安藤の監督作品
安藤昇は、俳優だけでなく、監督もした。昭和51年10月16日公開の『やくざ残酷秘録片腕切断』である。
安藤企画製作で、撮影の椎塚彰とともに10人ほどの少人数で撮影期間11日ほどでつくり上げたドキュメンタリー作品である。映画製作は800万円という低予算であった。製作スタッフのロールテロップが流れる背景は、レンガづくりの前橋刑務所である。かつて安藤昇がつとめた、あの前橋刑務所である。
さて、場面が変わり、とある親分の出所シーンになる。そこに、若い衆が出迎えに来た。親分も若い衆も特別な演出をほどこされている風でもなく、ごく自然に振る舞っている。ドキュメンタリーのようだ。親分が乗る車は、どこぞの飲食店に着ける。出所祝いが待っているのであろう。和やかな雰囲気のなか、食事が始まる。
ここでようやく、親分の名前が「小林」で賭博開帳の罪で服役していたことがわかる。放免祝いの会食風景に、安藤のナレーションがかぶる。
「ヤクザ社会での古くからのしきたりで、出所した人間に豆腐を食わせる。ムショのなかの垢を落として、体のなかまで白くするという意味合い。医学的には、腸の熱をとるという」
それは、素人がまず知らないヤクザ社会の習慣である。たとえ、テレビの敏腕プロデューサーでも、この種の生々しい場面は撮影させてはもらえまい。相手が、このデリケートな場面の撮影を承諾するまでが大変である。そこはそこ、やはり安藤昇監督作品だと納得させられる。
