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風呂屋の主人に見つかり「逆恨み」
それを風呂屋の主人、石川さんに見つかり、激しく咎められたのが事件3ヶ月前の1949年6月。杉山はそんな事実はないと覗き見を否定したが、石川さんは防止策として隣家との境界にある薪置場の屋根の上に目隠し用の簾を立てる。この行為に杉山は激怒、石川さんに対して一方的な恨みを募らせ、やがてそれは明確な殺意へとエスカレートしていく。
同年9月14日午前1時40分ごろ、杉山は浴場通用口から石川家に忍び込んだ。このとき手にしていたのは1ヶ月前に購入し犯行に備え研いでいた刃渡り約22センチの肉切り包丁と、同家の薪置場に置いてあった鉈。杉山はまず、就寝中だった主人の石川さん(当時45歳)、妻のよしさん(同43歳)、石川さんの母親(同81歳)に鉈を振り下ろして殺害。
さらに夫妻の次女(同7歳)と長男(同4歳)を電気コードで首を絞めた後、包丁で滅多刺しにして命を奪う。当時19歳だった長女も鉈で殴られ包丁で胸部を中心に8ヶ所を刺され重傷を負ったが、奇跡的に一命を取り留めた。犯行に要した時間は約40分。長女以外、全員が即死だったという。
杉山は犯行後にタンスを漁り、現金600円(現在の貨幣価値で約2万4千円)を奪って逃走。そのまま、育ての親である叔父の家に向かい全てを打ち明ける。仰天した叔父は杉山を説得し、促される形で同日午前9時30分に足柄下地区警察署(現・小田原警察署)に出頭。その場で逮捕された。