障子の割れ目から中を覗き込むと、そこには変わり果てた姿の子供たちが⋯⋯。1946年、長野県の田舎村で起きた凶悪事件。
現場に残されていたのは、薪割り用の「ヨキ」と呼ばれる斧。警察はこれをもとに捜査を進めるが、なかなか犯人にたどり着かない。ついには食糧不足もあいまって、捜査は縮小する事態に⋯⋯。鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』よりお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
◆◆◆
夫を亡くしたばかりの女性宅を訪ねると⋯
1946年5月10日18時ごろ、長野県下伊那郡市田村大島山(現・同郡高森町大島山)在住の主婦が、前年に夫を亡くした後沢貞(当時38歳)の家を訪ねた。
この日、隣組でお産があり、その誕生祝を届けるためだった。が、夕食時にもかかわらず、何度名前を呼んでも返事がない。
主婦は貞や子供たちが前日、山菜採りに行ったことを知っていたため、毒草にでも当たって寝込んでいるのかと思い、障子の割れ目から中を覗き込んでみた。と、やはり貞らしき女性や子供たちが座敷に敷かれた布団の上に横たわっている。
主婦は改めて大声で名を呼んだものの、一向に起きてくる様子はない。いよいよ不審に感じた主婦は親類や隣組の人々を集めて貞宅に入る。果たして、屋内は血の海で、貞と長男(同12歳)、次男(同9歳)、長女(同6歳)、三男(同3歳)の母子5人、さらに貞の妹でこの家に同居していた小室一江(同25歳)と彼女の娘(同3歳)の計7人の変わり果てた姿が見つかった。
通報を受けた長野県警飯田署の捜査員が駆けつけ、現場検証を行った結果、被害者7人はいずれも、就寝中に薪割り用の斧(現場に残されていた)で頭部もしくは額を1、2回殴られて殺害されたものと推定された。
