カープの大ベテラン「新井さん」こと新井貴浩選手が現役引退の会見をしたのが9月5日。まぁ驚きましたよ。カープファンはもちろん、全てのプロ野球ファンが驚いたでしょう。そりゃあ41歳の大ベテランの新井さんですから、いつ引退してもおかしくありません。でも、でも、これまでずっと「身体が丈夫!」「50歳までいける!」と言われてきた新井さんですから!

 たしかに今季の成績は少々振るいませんでした。カープに復帰した2015年から昨年までは打率2割7分台から3割をキープ、本塁打もよく打って、特に2016年は19本を放ちMVPにも輝きました。続く2017年は4番の座こそ鈴木誠也選手に譲ったものの「ここぞ!」という場面で驚異の集中力と読みを発揮しました。とりわけ7月7日のスワローズ戦で放った代打逆転スリーランは「七夕の奇跡」としてカープファンの胸に刻み込まれています。新井さんは不死身の不沈艦、もっともっとカープの現役選手でいてくれるものと無邪気に信じ込んでいた……のですが。

「いつか来るとは知っていたが、それが今日とは思わなかった!」

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 1980年公開の東宝映画『地震列島』のキャッチコピーが我が特撮オタク脳をグルグル回りました。

 引退会見の「2年後、3年後、5年後のカープの事を考えたときに今年が良いんじゃないか」という言葉から推測するに、その気さえあればもう5年はやれるのではないでしょうか。それでも引退する、その発表がシーズン大詰めの9月という意図はなんでしょう?

 真っ先に思い浮かぶのはチームの鼓舞でしょう。球団初のリーグ3連覇をほぼ確実にしたとはいえ、一昨年は日本シリーズで、昨年はクライマックスシリーズで敗退。シーズンでは圧倒的な力を見せつけながら、2年連続で苦杯をなめた短期決戦に備え、後輩たちを叱咤激励するつもりだろう、と。しかし新井さんの引退会見からチームは3年振りの6連敗!(9月12日に連敗脱出)。

 会見当日とその翌日は2戦連続でタイガース打線に打ち砕かれて大敗、次はドラゴンズ相手に打線が沈黙して3連敗、そして3戦連続の1点差負けで6連敗。こうしてみると負け方もバラエティに富んでいますね。そしてだんだん負け方がマシになってきています。これは「新井さん引退ショック」からチームがだんだん立ち直ってきたと思えます。

今季限りでの現役引退を表明した新井貴浩 ©文藝春秋

今は新井ロスの予行演習?

 さて、ここで我々もなんとなく気がついてきましたよ。新井さんの唐突とも思える引退会見に込められた深慮遠謀に。これは「新井さんのいないカープ」という状況の予告編、新井ロスの予行演習なのではないのかと。新井さんは引退するが今はまだここにいる。今のうちに慣れておけよ、新井貴浩のいないカープに、と。

 思えばこの2015年からのカープファンは随分と幸せでした。それ以前の長い暗黒時代、優勝はおろか15年連続でAクラスから遠ざかり、やっと育った主力はFAで去って行く。いつしかそんな境遇に慣れ、監督がベースを投げたり、白髭の投手コーチが人気野球ゲームで再現されていたり、そんな小さな幸せに喜びを見出していました……。そこにあの男が帰ってきたのです。そう、新井さん……じゃなくて元ニューヨークヤンキースの黒田博樹投手。20億円とも噂されたメジャーのオファーを蹴ってカープに帰ってきた黒田投手は日本中に驚きと感動を与えて「男気」という二つ名で呼ばれることになります。それだけでも凄いことなのに涙のFA会見で阪神タイガースに移籍した新井貴浩選手も自由契約になって帰ってきた……。この二つのあり得ない現実にカープファンの頭はクラクラしました。こんなことが現実に有るなんて、これは夢じゃろか?! いや夢じゃない、夢のような現実!

25年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した黒田博樹と新井貴浩 ©文藝春秋

 黒田、新井の両ベテランに導かれるように逞しく成長する若手、充実する戦力で2016年には25年ぶりのリーグ優勝、翌2017年も2位に10ゲーム差のぶっちぎりでセ・リーグ連覇。2018年も圧倒的強さで3連覇は目前、幸せに酔うカープファンに突然告げられた「夢のおわり」が新井さんの引退会見。

 新井さんの引退という現実は、我々カープファンが意識的に目をそらしてきた現実に立ち向かう勇気を問いかけます。それは逞しく成長した新しき大黒柱・丸佳浩選手のFA権獲得という現実です。