「母がみっちり教えてくれました」専業主婦の母親に叩き込まれた“勉強方法”
――幼稚園から塾に通ったり?
由女 ありましたね。幼稚園から英語教室に通っていて。両親は大学を出てないんで、子どもの教育を充実させたいという気持ちが強くあったみたいなんですけど、学業で成功体験があるわけじゃないから、右往左往やってたんじゃないかと思います(笑)。
――「右往左往」ということですが、どんな勉強法だったんですか。
由女 母が専業主婦だったので、みっちり教えてくれました。幼稚園の段階でひらがなの読み書きと足し算引き算は、全部母親に叩き込まれましたね。あと、英単語とか、音声で英語を学ぶ「フォニックス」とかもやってました。
私は左利きなんですけど、小学校1、2年の時に右利き矯正をして失敗したんです。失敗した人ってあまり聞いたことないですけど、4歳の時には読み書き計算が全部できるくらい、既にめちゃくちゃ左手で字を書いてたんで、もう矯正できなかったんですね。まあ、それくらい親は熱が入っていたということです(笑)。
――勉強自体は得意だった?
由女 それだけ叩き込まれてたんで、周りに比べたらできましたよね。
小学校に入ってから進研ゼミ小学講座をはじめたんですけど、他の「チャレンジ」家庭に比べて執拗にやらされまして。全部自力で満点取れるまでやり直しさせられるから寝られないし、それで夜中までビービー泣いてると、父親に「黙れ!」って怒鳴られるみたいな。
小6で灘中合格判定→中学入学後に偏差値30台になったワケ
――ご両親には、我が子を有名大学に行かせたいとか、何か明確な目標があったんですか。
由女 親のモチベは謎ですよねえ。とにかく勉強さえしておけば苦労しないだろうっていう、そういう思いだったんじゃないかな。
あと、私は小さい頃から愛嬌があるタイプではなかったので、「バカとブスは東大に行け」じゃないですけど、それで苦労しないように、親心だったんじゃないかなと思いますね。
かたや妹はランドセルのCMのオーディションとか出させられて、勉強はそんなにやらされてなかったんで、子どもの適性に合わせてたのかなと。
――そのまま順調に成績も上がっていって。
由女 何の自我もなく、大人たちに言われるがままひたすら勉強したら、小学校6年の時点で灘中の合格判定が出るくらいになって(編注:灘中は男子校だが女子も受けられる模試を受験した)、全国模試のランキングに名前が載ることもありました。
親には小3くらいからずっと「県立の中高一貫校に行くのよ」と囁かれ続けていたこともあり、死ぬほど勉強して地元のそこそこ優秀な中高一貫校に入りました。今考えれば死ぬほど勉強するほどの学校じゃなかったと思うんですけど(笑)。
――中学受験の反動で、中高時代は勉強しなくなったりしませんでしたか。
由女 まさにそうですね。そもそも、親が私に勉強を教えられる限界が小5ぐらいにきてしまって。中学受験をした段階で、高度すぎて口出しできなくなったんです。
私自身は何の目的もなくずっとドリルをやってたもんですから、受験に合格して完全に野放しになった中学から何もしなくなり、偏差値は30台まで落ち込みました。

