「美術部に入って絵を描いてみたら…」美術の先生を目指すようになった理由

――社会人1年目でギャルになったそうですが、中高時代はメイクとかファッションには興味がなく?

由女 勉強と運動ができるヤツが一番エラい世界だったこともあり、ヤンキーとかギャルがいるような学校じゃなかったんで、触れ合う機会があんまりなかったですね。ただ、そういう世界に憧れはありました。

――その後は東京学芸大学に入られたということですが、先生になるのが夢だったんですか。

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由女 そうですね。当時は美術の先生になろうと思ってました。

 

――後に日本画を専攻されるわけですが、もともと絵が得意だった?

由女 小学校6年間、母親に言われて習字をやってたんですけど、私は左利きだから苦労してたんです。

 で、もうこのまま左利きで書道を続けても伸びしろがないと思ってやめて、中学に入ってから友だちのつながりで美術部に入って絵を描いてみたら、うまかったんです。

――絵の素質があった?

由女 というか、書道と同じ要領だったんです。書道も、平面の座標上のある点からある点に対して線を引いたり、払ったりして形をとるじゃないですか。

 それはスケッチとかデッサンの世界でも同じだったし、習字の場合、筆の入る形があるんで右手で書くのが標準仕様になっているけど、絵だと利き手にバリアがない分うまくできたんです。

――当時からそこまで言語化して考えていたんですか。

由女 思いましたね。これって習字と一緒だし、こっちの方が楽で簡単じゃんって。

 

「公務員になってほしい」という田舎の家庭の影響で決めた進路

――それで美術の先生という進路が固まっていったと。

由女 中高時代は、美術は5で、それ以外はオール2ぐらいまで落ちぶれてましたけど、田舎の家庭だと「公務員になってほしい」というのがあって。

 それに、和歌山県橋本市で生まれ育った自分の世界では、デザイナーとかアニメーターは“絵で食える職業”という認識はなかったんですよね。結局、今はデザイナーやってますけど(笑)。

――学芸大では、美術の勉強をされて?

由女 そうですね。美術の専門的な勉強と、「憲法」、「人権」、あと「教育基本法」といった学校の先生に必要なものを勉強して。

 それに、美術と一口に言っても、絵も彫刻もデザインもあるし、歴史もあるっていうので、そういうのを幅広くやりましたね。