映画好きの父親の影響で観た様々な作品
――監督は1994年生まれ。自然の中で育ったというお話でしたが、子供時代はどんなエンターテイメントに触れてきたのですか?
ジン 学校には図書館がありましたが、蔵書はとても限られていて、あまり読書をしてきたわけではありません。どちらかというと、外で遊び回っている子供でした。ただ、父親がVCDをレンタルする仕事をしていたので、小学5年生くらいの頃から、父親が町から持ち帰った香港映画のVCDを観るようになりました。ホラー映画やガンアクションに初めて触れたのはその頃です。村で暮らす少年にとっては、とても不思議な体験でした。
――映画監督になりたいと思い始めたのは、いつ頃でしょうか?
ジン 映画好きだった父親が、大量に映画を観ていたことが影響していると思います。中学に入った頃、友人からディスクをもらいました。そこには張藝謀(チャン・イーモウ)やエミール・クストリッツァの映画、それから、心を揺さぶられるようなアート映画などがいくつか収められていて、全部観終わった時に、映画というのは人を泣かせることも、さまざまな思考を促すこともできるのだと気がつきました。子供の頃に屋根の上で、まだ見たことのない場所に思いを馳せていた時の感覚を思い出し、それを映像で表現できれば、自分も映画を撮れるかもしれないと思ったことを覚えています。
映画を撮るには勉強が必要だと思ったので、その頃からたくさん本を読むようになり、詩も書くようになりました。『ボタニスト』の脚本を書き始めたのは、北京電影学院の大学院に進んでからです。
――映画でさまざまな世界に触れる前、新疆の外に出たことはあったのでしょうか?
ジン 初めて新疆を離れたのは、大学(浙江伝媒大学)に進学する時でした。初めて小さな村を出て、着いた先が、中国で最も発展している上海と杭州だったのです。その時に感じたギャップは、今でも心に刻まれています。
