「困難さをかかえながらも社会から見落とされてきた人々」
著者の古荘純一氏は、境界知能の人たちを、右のような視点で捉えている。
知能検査の数値(IQ)が70~84の範囲にある状態を「境界知能」という。日本の人口の7人に1人、約1700万人が該当するのだそうだ。ただし、境界知能は診断名ではない。IQの数値がその範囲にあったとしても、それだけで何かしらの病名がつくわけではない。IQがこの範囲を下回れば、知的障害の公的支援対象となるが、境界知能の人たちには、そうした支援制度は存在せず、「制度の谷間」に置かれる存在なわけだ。
そもそも境界知能はごく新しい概念だ。小児精神医学のエキスパートである著者ですら、2020年にNHKの番組で境界知能の人たちの生きづらさに関するコメントを求められてはじめて、これについて調べたと、告白(?)している。
また、医療の現場では境界知能を含め、軽度な知的障害であっても、身体的・精神的な合併症がなければ、その人の支援を教育や福祉の現場に任せる傾向がある、とも述べている。この周辺の問題について、医療が未だ発展途上であることを前提にした本書には“医者の上から目線”は一切ない。当事者や読者の目線まで膝を折ったような文章を読んでいると、なんだか安心できる。「やさしいお医者さんなんだろうな」というのが私のファースト読後感だ。
境界知能の人たちは、注意欠陥障害や、学習障害など、いわゆる発達障害の症状を併せ持つケースが少なくない。育ってきた環境によっても、抱える悩みや生きづらさはそれぞれに違うだろう。一方で、IQの数値が境界ラインにあっても、周囲の気づかいや支援を得て、問題なく暮らしている人たちはいくらでもいる。
私は、心身に障がいを持つ人たちが参加する劇団の取材を続けている。なかには、境界知能の当事者であろうと思われる人もいる。
劇団では、障がいの有無にかかわらずフラットな目線で演技指導が行われる。もっともこれは、それぞれの障がいに対する理解や配慮があってこそ、成り立つ。
古荘氏は、支援を受けられるのか受けられないのかといった二択だけではなく、支援を受けられない人の中には、「理解と配慮」が必要な人たちがいる、という3つ目の考え方を社会に浸透させていくべきだと説く。
私が取材する劇団は、当事者の人たちの、確かな居場所となっている。そうした様子を見るにつけ、ぼんやり感じていたことが、本書のおかげで少しだけ形をなした。古荘氏の言う3つ目の選択肢とは、こうした場所なのかもしれないと、思えるようになったわけだ。
私はたまたま仕事の一環として手に取ったが、本書は境界知能という言葉に、何かしらのイメージを持つ全ての人にとって、その解像度をあげる一冊であることは間違いない。
ふるしょうじゅんいち/1984年昭和大学医学部卒業、88年同大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。専門は小児科学、小児神経学、小児精神神経学、児童青年精神神経学、てんかん学。著書多数。
すえなみしゅんじ/1968年福岡県生まれ。ノンフィクション作家。介護・福祉分野を専門に取材。著書に『マイホーム山谷』。
