「全力投球で向き合わないと」教師の仕事を辞めようと決意したワケ

――ただ気象予報士の資格を取るだけであれば、教師を辞めなくてもいいですよね。

舩橋 最初は教師を辞める気はなくて、資格だけを取ろうと思っていました。気象予報士の試験は年に2回あって、私は教員2年目の夏・冬、3年目の夏と3回連続で落ちて、さすがに心が折れかけました。

 学校では1年生から3年間持ち上がりで担任をしていたんですが、1年生から見ていた生徒たちが受験生になり勉強を頑張っている姿を見て「もう1回だけ」と心を奮い立たせました。

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 ただ教師と試験勉強の両立は難しくて。忙しくなると「本当は勉強もしたいのに自分の時間がとれない」という気持ちが出てきちゃう自分が嫌で。そう思ってしまうことは生徒にも失礼だと感じて。生徒の3年間を預けてもらっているのだから、全力投球で向き合わないとって思っていたので。

 そうしている中で「そもそも私は教師と試験勉強を両立できるほど器用じゃない。いったん“受験生”になって、資格を取ろう」と、教師を辞めて気象予報士の試験に専念することを決意しました。

――お話を聞いていると教師の仕事にもやりがいを感じていたんですよね。その決断は迷いませんでしたか。

舩橋 すごく迷いました。生徒たちはかわいかったですし、年も近かったので。ソフトテニス部の顧問をしていて、部活動も本当に一生懸命やっていました。だからこそ「この子たちを置いて私は辞めるのか」と悩みました。

「お天気キャスターになれば、難聴者として発信できる」

――気象予報士の試験はいつ合格したんですか。

舩橋 退職を決めた1月の試験をダメ元で受けたんですが、そこで合格しました。受け持っていた生徒たちの卒業式が3月にあったんですが、その数日前に合格通知が届きました。

 卒業式の当日、最後のホームルームで合格を伝えると、生徒たちが自分のことのように喜んでくれたのを今でも覚えています。

 

――舩橋さんはそこからお天気キャスターを目指します。気象予報士の資格を活かすことだけであれば、表に出ない裏方の仕事もあります。その中でなぜお天気キャスターだったんでしょうか。

舩橋 一番はみんなの生活に関わる天気を仕事にしたいという思いでした。学校の先生では学校の規模にもよりますが、関われても1学年300人が限界です。一方で、もしキャスターになれたとしたら、関わる人数がものすごい数になります。

 あとお天気キャスターになれば、難聴者として発信することもできますし、それが誰かの選択肢を広げることにつながるのではという思いもありました。