娘にとって作家・阿川弘之は、いつ機嫌が豹変するかわからない“怖い父”だった。しかし家族の知らない場所では、周囲を気遣い、手を差し伸べる意外な一面を見せていたという。
月刊「文藝春秋」に掲載された魂の記録を1冊にまとめた新書『目覚めると、ひとりだと気づく 家族が過ごした最期の日々』より一部抜粋。お父さまがなくなたあとに阿川佐和子さんが気づいた“もう一つの顔”とは――。(全2回の2回目/最初から読む)
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娘の結婚式で色直し?
結局、実現しなかったけれど、私が20代の半ば頃、父は、娘の結婚式で色直しをすると言い出した。若いカップルの披露宴がむやみやたらと派手になり、それをよしとする風潮が見られたら、突然、怒りが爆発した。
「人気スターの結婚式じゃあるまいし。スピーチはことごとくつまらない。無駄に長い。加えて派手なお色直しなんてしやがって馬鹿馬鹿しいにもほどがある。あんな長たらしくて他人迷惑な披露宴をお前はしたいのか!」
したいなんて一言も言っておりません。それどころか、まだ結婚の予定も相手も決まっていないというのに、父は本気で私を叱りつけた。今現在に腹を立てたり過去にさかのぼって怒りが蘇ったりするにとどまらず、父は、まだ起きてもいない未来の不愉快を想像するだけで、じゅうぶんに機嫌を悪くする才能があった。派手な披露宴などするなと私にきつく言い含めたのち、まもなく少しだけ冷静さを取り戻したか、
「しかしまあ、どんなお家柄の方と一緒になるかはわからんから、こちらの言い分ばかりを押しつけるわけにもいかんだろう。よし、どうしてもお前が色直しをしたいというなら、花嫁の父として、俺も色直しをしてやろう。軍艦マーチの鳴り響く中、海軍士官の制服を着て会場を練り歩いてやる」
自ら思いついたアイディアにたいそう満足したらしく、父はことあるごとに友人知人に言いふらした。そうこうするうち、「よし、俺も出る」「是非招(よ)んでくれ」と名乗りをあげる賛同者が続々と現れた。
