「俺が死んでも通夜、葬式はいっさいするな」「偲ぶ会なんてするものじゃない」――。生前、そう繰り返していた作家・阿川弘之。しかし70歳を過ぎたある日、家族を前にした“まさかの宣言”に、娘の阿川佐和子さんは思わず吹き出しそうになったという。
亡き父との思い出を、月刊「文藝春秋」に掲載された魂の記録を1冊にまとめた新書『目覚めると、ひとりだと気づく 家族が過ごした最期の日々』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
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父の願望
私が中学生の時分から、家で夕食を終えるあたりになると父は決まって同じ台詞を吐いた。
「ああ、このままベッドに横になって、コテッと死ねたらどんなに幸せかね」
その言い方に悲壮感はなく、むしろ今夜の晩飯は旨かった、酒も旨かった、だからこそこの幸福感を抱いたまま死にたいものだという願望に過ぎなかったのだと思う。
父は晩ご飯を済ませるとすぐに寝て、こちらがそろそろ寝床につこうと思い始める夜11時から12時あたりにゴソゴソ起き出す。家族が寝静まっている間が父の就業時間だった。夜を徹して原稿を書く、あるいは本を読んだり考えごとをしたり怠けたりする……らしい。で、朝、母が寝室から出てくる気配を感じると書斎から出てきて朝ご飯を食べ、また寝る。昼頃に起き出して、机に向かうこともあれば、出かけることもある。基本的にはそういう生活スタイルを長年続けてきた。
だからこそ、夕食の時間が何より楽しみだったのだろう。その楽しいひとときの余韻を噛みしめながら、苦しむことなく死ねたらどんなに幸せかと思っていた父の気持が理解できないわけではない。
しかし、その吐露に対して子供としてはなんと反応したものか。即座に「ほんとほんと」と返せば、「なんだ、父親に早く死んでほしいのか」と機嫌を損ねかねないし、さりとて「そんなこと言わないで、お父さん。悲しくなるわ」などと愛らしい言葉が出てくるほど愛想のいい娘ではない。
そこで、食卓の後片付けをしながら曖昧に「まあ、ねえ」なんて濁してその場をしのごうとする。すると父の話はたいていの場合、次の段階へ移る。
