「通夜、葬式はいっさいするな」

「お前たち、よく覚えておいてもらいたいが」の前置きで始まる父の話はおおよそ見当がついていた。すでに100万回……は大げさとしても、1000回以上は聞いている。父はよほど家族に念を押しておきたかったようだ。

「俺が死んでも通夜、葬式はいっさいするな。香典、花、弔問もぜんぶ断れ。偲ぶ会なんて、あんな傍(はた)迷惑なことをするものじゃない。いいか、わかったか」

「はい」
「はーい」
「真面目に聞いてるのか」
「聞いてます聞いてます。しませんよ。なあーんにも、しませんから」

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 ここで「なあーんにも」の部分を強調し過ぎると、それはそれで多少不満げな様子ではあるものの、父の意志は固かった。

 長年にわたりそう言い含められていたのは確かであり、家族全員、決して忘れていたわけではない。でも、お父ちゃん、遺志を完璧に貫こうとするには相当の労力を要するものです。志賀直哉先生のお葬式を一手に引き受けた父が次々に届けられるお花を「いっさい受け取りません」と突き返した話は我が家でつとに有名だったが、父のしたり顔で語られるその話を聞くたびに、私は内心、花を送った方々はさぞや戸惑われたことだろうと思ったものだ。

 もちろん、「見事!」と思ってくださった方がおられたかもしれないけれど、中には、「阿川弘之って感じ悪~い」と眉をひそめた方もいらしたに違いない。我々子供たちは、父ほど堂々と世間様に抗って生きていく勇気はない。にわか仕立てで設えた父の祭壇のまわりが美しい白い花に埋め尽くされていく光景を眺めながら、「いくら父ちゃんの遺志と言われてもねえ」と、何度溜め息をついたことだろう。だからすみません。お花は受け取りました。