それでも、鏡の前に立てば、瞼は垂れ、唇まわりの縦ジワは増え、首のたるみはダチョウのごとし。しっかり口角を上げ続けなければ、見るも無惨なしょぼくれ顔になってしまうので、しかと心して人前に出なければならない始末です。

 まさに寝顔こそ、すべての取りつくろいを放棄した本来の自分の顔と言えるでしょう。

 自分の寝顔なんて普段見ることはないとお思いでしょうけれど、あるとき、私は見てしまったのです。うたた寝しているところを仕事仲間に盗み撮りされて、その写真を目の当たりにして愕然としました。これぞ私の70年ものの素顔であることを思い知りました。

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 寝顔が可愛いなんて、いったいいくつまで言われていたのでしょうかね。

自分のシワは「使い古した雑巾」にしか見えない

 クリント・イーストウッドやロミー・シュナイダー(古いか)のような、シワシワでも魅力的な顔がある。

クリント・イーストウッド ©getty

「あんな歳の重ね方をしたいものだ」

 と若い頃は憧れたものですが、もはやそんな気分にはなれません。人様のシワについては「人生の勲章よ」なんて言いながら、自分のシワは「使い古した雑巾」にしか見えない。

 顔だけではありません。いつの頃からかお酒を無謀に飲む気力体力は失せ、食の嗜好も食べられる量も少しずつ変化していることを感じます。

 徹夜で原稿を書いたりした日には、翌日のみならず1週間ぐらい具合が悪くなるので、いくら仕事が切羽詰まっても徹夜をしなくなりました。最近はもっぱら、眠くなったらさっさと寝て、むしろ早起きをしてなんとか締め切りに間に合わせるという方法を取っています。

 若い頃は夜中に電話が鳴ってしばらく話をしても、またすぐ眠りに戻ることができたのに、最近は夜中に一度、目覚めると(これが覚めるんですよね、お手洗いに行きたくて)、そのあとなかなか寝付けなくなりました。

 寝付きのいいことだけが私の取り柄だったのですがねえ。

 そんな肉体的老化を少しずつ実感しながら、ならば精神的にはどれほど年相応の落ち着きや貫禄が身についたのか──。

 まったくもって自信も自覚もありません。